イジワル上司に恋をして
「どれだけ都合いいの?」


あの雨の日は傘を閉じ、地下鉄に乗ってからは少し距離を置いたから、なんとかなにごともなく無事帰宅できた。

それ以来、帰りに遭遇することはない。

そりゃそうだ。だって、ブライダルは本当にいくらでもやることがありそうだから、あんなに早く帰宅出来るなんて滅多にない。


休憩時間、お昼を食べ終えたわたしは、少し低めの温度で淹れた煎茶をひとりで飲んでいた。
扉の向こう側からは、土曜と言うこともあって、相変わらずパタパタと忙しそうなスタッフの姿と話し声が聞こえる。

アイツは、やっぱりここでは“完璧”な人柄を演じている。

日増しにスタッフの“部長”に対して信頼も強くなり、親しげに会話を交わす。そんな姿を見ると、『あの男、今、笑ってるけど頭ん中はどんなこと思ってるんだろう』なんて考えたりする。


――確かに。確かに、香耶さんも言っていたように、仕事はすごく出来る人らしい。


香耶さんが時折話題にする、黒川の話。


『新入社員のときから、同期や上司、お客様に好感をもたれてた』とか、『今までの何年かで、料飲部や宿泊部もすぐにこなしてて、コンシェルジュとかも出来る』とか。

一番最近の情報だと、『営業成績が良かったから、最近契約件数が落ちてきたウチに来た』という話。

それはわかったんだけど、香耶さんはさらにこう言った。


『この部署は、向き不向きがあるから……。黒川くんは、ブライダルに適してるのね』。


< 35 / 372 >

この作品をシェア

pagetop