二次創作ドラゴンクエスト~深海の楽園~
第3章~村の後継者~

6.ナウラ村


「大丈夫ですかレド様!?」

ベネーラは魔物の攻撃を受けたレドに言い放ち、治癒呪文の〔ホイミ〕を唱えた。レドの腕や足についた傷が癒され、徐々に修復していく。

「ありがとうベネーラ!」

レドは再び槍を構えて様子を伺う。魔物は『大ミミズ』という、その名の通りミミズを巨大化したような魔物で、肉食のため口には牙が生えている。地中であればモグラより早く移動する事が可能で、視覚がない代わりに聴覚が発達しており、音で獲物を捉えて補食する。

大ミミズが何本も生えた小さな牙を口から覗かせて、地面から勢いよく飛び掛かってきた。レドは咄嗟に槍で攻撃を受けて凪ぎ払い、なんとか攻撃を避けた。その隙にベネーラが短剣を手にして大ミミズの長い胴体に切りつけた。すると大ミミズは痙攣を起こしてその場に倒れ、震えながら口からヨダレを流した。

「あれ…?どうしたんだ?」

「アタシの武器で痺れさせました♪」

「痺れた?コイツ、今痺れてるのか?」

ベネーラは手にした短剣をレドに見せた。短剣は柄の部分が毒々しい紫色になっており、剣は剣先まで無数の棘がびっしり生え伸びていた。扱いに馴れていないと、自分の手にも傷を付けそうである。

「バタフライダガーと言って、昆虫系の魔物に対して絶大な力を発揮する武器なんです。棘には神経性の毒が塗り込まれていて、当り所が悪いと痺れてしまうんですよ?」

「見たことない武器だなぁ…これもやっぱり父さんが?」

「そうです。お父様は世界中の珍しい物を集めるのが趣味で…。これも、この大陸の隣にあるジアンジャという大陸の街で買ったものらしいんです。」

「そうなのか。異国にはそんな珍しい武器もあるんだな?」

レドは痺れた大ミミズの口を縄で縛り、肩に担いで歩きだした。

「レド様…?そのミミズ、どうするんですか?」

「あぁコイツか?痺れが取れる前に傷跡に薬草塗って、そこらの草むらに帰すよ。無駄に命奪う必要はないからな。」

「優しいんですね、レド様は………やっぱりアタシ…まだレド様の事…。」

「ん?どうしたベネーラ?」

「えっ?あっ、何でもないです!さぁ、行きましょう♪」

ベネーラは微笑んでそう答えると、短剣を腰にしまって歩き始めた。レドは不思議そうな表情を浮かべたが、構わずベネーラに続いて歩きだした。それからは魔物に襲われる事もなく歩き続け、一日を終える夕陽が沈みかけた頃に近くの野原で野宿をする事にした。

ザボラ村を出てから二日目となる今日、二人は村から近いナウラ村を目指していた。もちろん最終的な目的地はキャベランであるが、キャベランはイスト群島にあるため、行くためには船を使わなければならない。ザボラ村にも漁で使うイカダやオールで漕ぐタイプの小型ボートがあったが、航海図も手元にない今、あれで向かったのでは着くまで一体何日かかるのか検討もつかないし、海の魔物は凶暴だ。襲われたらひとたまりもないだろう。

そこでベネーラは、イスト群島のキャベランと交易をしている町を探し出すという提案を持ち掛けた。交易には必ず船が使われているはず。その船に同乗させてもらい、キャベランへと向かうのだ。無論ザボラ村を1度も出たことがないレドはベネーラの意見に賛成した。

「でもホントにベネーラだけでも見つかってよかったよ。町のことも船のことも、ベネーラがいないと気が付かなかったし…。貿易商の娘ってのも伊達じゃないよな。」

レドはそう言いながら大ミミズに布切れを被せた。痺れが取れた大ミミズはレドに反撃することなく、そのままスヤスヤと眠りについてしまったからだ。

「いえ、アタシも嬉しいです♪…その…レド様とこんなに長く一緒に居られて…。」

「えっ?アハハ、面白い事言うなぁベネーラは。村にいたときも一緒だったじゃないか?」

「そうゆうことではなくて……その…。アタシはレド様以外にはかなりツンツンした性格なので、もしかしたらレド様にある意味迷惑かけているんじゃないかと…そう考えたら、なんか申し訳なくて…」

「ベネーラ…その性格、自分でも気付いてたんだ…。まぁけどさ、お陰で俺はベネーラの事をもっと知ることができるから嬉しいよ♪同じ村で育ったのに内面を何も知らないだなんて、友達として失格だろ?」

「そっ…そんな事ないですよ!ありがとうございます♪………あっ、アタシ先に寝ますね、お休みなさい♪」

「おう、お休み~」

ベネーラはそう言うと、レドに背中を向けながら横になった。

「友達…か……。」

レドに聞こえないように小さくそう呟いたベネーラは、その後深い深呼吸をした。いや、もしかしたらそれは深呼吸などではなく、深いため息だったのかもしれない。









レドは朝日が昇り始める前に既に起きており、槍を手にして一人鍛練を始めていた。海と陸では、魔物の能力も攻撃手段も全くの別物として捉えなくてはならない事を身をもって知ったレドの鍛練は、さらに磨きをかけて行われていた。薬草の代わりにベネーラが治癒呪文を習得していたことがかなりの強みになっていたが、いつまでも頼るわけにはいかず、またそれはレドのプライドが許さなかった。

呪文といえば以前、祠のある洞窟内でベレスという魔物と戦闘した際に右手から放たれた光の弾…。あれは一体何だったのだろうか。いつも竹槍の稽古と釣りばかりを日課にしていた自分には呪文を覚えるような時間もなかったし、毎日の生活の中でその能力が自然に備わったとも考えにくい。一体なぜあの時呪文を唱えることができたのか…。やはりあの魔物が言った通り、女神の子孫と何か関係があるのだろうか?

それに疑問はまだある。魔物は自分の生い立ちに関して話していたが、時折妙な事を話していた。邪悪大海神という名前も聞いた事がない。そしてベレスが口走った『あの方』……。恐らく自分がまだ知らない秘密が存在しているに違いない。あの時ベレスにとどめを刺さなかったから、奴がまた現れた時に改めて捕まえて今度こそ話してもらわなければ…。レドの鍛練に熱が入る。

日が昇り始めた頃にベネーラも目を覚ました。朝から爽やかな汗を流すレドに見とれていたが、目線がレドと合ってしまうと胸がゆっくりと鼓動する。

「ベネーラ、起きてたのか?今日は早めに出発してナウラ村を目指そう。そんなに距離はないはずさ、午前中には着くだろう。」

「あっ、はいっ!分かりました♪」

ベネーラは焚き火の後始末をして仕度をした。その間にレドは寝ている大ミミズの身体を擦って起こした。

「傷は治ったから、もう帰っていいぞ?仲間の元に帰りな。」

レドの言葉を理解したのか、大ミミズは頭をゆっくりと下げて茂みに逃げて行った。レドはそれを見送ると、ベネーラと共に歩き始めた。

既に日は昇り、太陽の日差しが大地に降り注いできた頃。歩みを止めぬレド達の前には魔物が幾度も現れてきた。初めにモグラのように地中を掘り進み、地面からの奇襲攻撃を得意とする虫系の魔物『せみもぐら』がレドの行く手を阻んだ。次に集団戦法では脅威となる、巨大な耳をばたつかせて飛ぶ魔獣『耳飛びネズミ』が三匹現れ苦戦を強いられた。

「くそ…意外と今の魔物には手こずったな…。」

太陽が南中にきたのか、周りの気温も上がりはじめて昼を迎えようとしていた。レドはこれまでの戦闘では無理をしないで戦ってきたつもりだが、先ほどの耳飛びネズミとの戦闘ではやむを得ず二匹を槍で突き刺して殺した。素早い動きでレド達を翻弄し、村に辿り着けない焦りが生んだ結果であった。

「仕方ありませんよ、どうか落ち込まないでください。水です。」

「ありがとうベネーラ…。こんなに長い道のりだなんて…ベネーラ、迷惑かけて悪いな。」

「そんな…お気になさらないでください!アタシはレド様の傍でサポートできるならそれだけでいいんです♪」

気丈に明るく振る舞って見せたベネーラだったが、実際彼女自身もそれなりに体力を消耗していた。彼女の場合、体力と同時に呪文を唱えるのに必要な魔力も併せ持っているため、呪文を唱える度に魔力も消耗しつつあった。扱いなれた呪文でなければ魔力は莫大に消費されるし、使ったことのある呪文を連発して唱えても同じことが起こる。ベネーラは習得した呪文を使う機会が一切なく宝の持ち腐れ状態だったため、ここに来て呪文を使う度に失われる魔力というのを実感していた。

レドにはそれが既に分かっていて、ベネーラをなんとか休ませたいと思っていた。しかしナウラ村に早い段階で到着したいのも事実だった。

「ベネーラ、悪いんだけど俺の槍を背負ってくれないか?」

「はい…?いいですよ。」

レドは不思議がるベネーラに槍を手渡し、ベネーラは受け取った槍を背中に背負った。

「ベネーラ、お前を担いでナウラまで行くから背中に乗れ。」

「えっ!?あの……いいんですか?」

「回復役のお前にダウンされたら俺もヤバイんだ、遠慮しないで乗れよ。」

ベネーラはしゃがんだレドの背中に近づいて、ためらいはあるものの背中に乗った。ここまで大胆にレドに触れた事がなかったので、胸が小刻みに鼓動し始めた。

「ベネーラ、後ろに体重かけてたら俺が進めないだろ?もっとくっつけよ。」

「えっ!?あの…はっ、はいっ!」

その瞬間ベネーラは豊満な胸を背中に思い切り押し付けた。こんな時にレドに興奮してほしくなかったし、なにより胸の鼓動が背中を通じて伝わるのが恥ずかしかった。

「アハハ、緊張してるのか?俺もベネーラの胸が当たってドキドキしてるから気にするなよ。前からずっと感じてたけど、魅力的な胸だと思うよ?」

ベネーラは恥ずかしくて返事を返すことも出来なかった。レドはそれを諭すと笑顔のままもう何も言わず、槍を背負ったベネーラを担いでゆっくり走り出した。

さすがに身体を鍛えていただけあって、レドには朝飯前だったようだ。二人で歩いている時よりも早く進み、下手に魔物と出くわすこともなくなった。そして二人はナウラ村の門出に到着した。










午前中に到着するという予定通りにはいかなかったが、日が沈み始める前に着けたのはよかった。村は思っていたよりも狭く、数えきれるほどの民家しかなかった。村の門出からちょうど正面に見える、玄関扉に鹿の頭蓋骨が掛かっているのが村長の家らしい。二人は村に足を踏み入れて進んだ。村の住民が二人を不思議そうに見ていたが、男達の目線はベネーラに釘付けで、好色の目付きで見ているのを彼女はすぐに感じた。

「すいません、どなたかいませんか?」

レドは鹿の頭蓋骨が掛かった扉を叩きながらそう言った。しかし扉の奥からは反応がなく、人の気配すら感じなかった。

「いないのかな?」

「レド様、ひょっとしたら出掛けているのかも―――」

「バラタはおりゃせんよ。」

ベネーラの声を遮るようにして、二人の背後から声がした。振り返ると背中を曲げて杖をついていた老婆がいた。老婆の顔にはシワがよっていたが、全体的に暗く落ち込んだ雰囲気を漂わせていた。

「バラタ……その方がこの村の村長さんらしいですわね、レド様。」

「どちらに向かったか分かりますか?」

「……バラタは行方不明じゃ…。ここ2ヶ月消息が分からん。」

老婆はそう言うと扉の鍵をあけて二人を部屋の中に案内した。部屋の中はレドが住んでいた小屋並の広さしかなく、装飾も施されていなかった。レドとベネーラは椅子に座るよう勧められ、老婆は冷たい水を盆に乗せて持ってきた。

「2ヶ月前、村長だったじい様とワシは新しい村長として孫のバラタに座を譲る話をしていた…じい様は身体も弱くなっていて死期も近かったのじゃ。幸いバラタには恋人もおったようじゃし、村を継ぐにはうってつけだった。」

「ならどうしてバラタさんにすぐ譲らなかったんですか?」

ベネーラは老婆に問いを投げ掛けた。老婆は水を二人に手渡したあと、二人の向かいにある長椅子にゆっくりと腰を降ろして話し始めた。
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