透明人間
透明人間
「誠也…誠也、どこなの」私は暗闇のトンネルで叫び続ける。

「誠也、誠也…」

 暗いトンネルを見渡し、闇の底へ続く道を歩き続ける。一歩一歩歩くたびに、ヒタ、ヒタ、と不気味な音がトンネルを響かせた。水がたれているのか、それとも風が吹いているのか、ひどく肌寒い。私は裸足であった。その足から伝わってくる冷気は、体の芯まで、浸透してきた。おかげで鳥肌が立ち、腕を抱いて歩いている。なぜこんな羽目になっているか分からなかった。誠也を探して歩いているのだけは分かっているが、なぜいなくなったのかは分からなかった。私は闇の中を、一人腕をさすりながら歩き続けた。

 そしてしばらくすると、一つの小さな影が見えた。それは子供のように見えた。私は急いで駆け寄り、子供の手にかけた。

「誠也…誠也なの…」

 私はその子供をこちらに向けようと、軽く肩を引いた。その時であった。子供の頭がゆれたと思うと、頭が地面に落ちた。

「い…いや…何…これ…」

 私は肩から手を離し、しりもちをついた。手には黒い跡がついた。するとその子供はみるみるのうちに色が変わり、さらに溶け出したように顔の形が変形し、粘土に変わった。そしてその粘土はそのまま私に向かって倒れこんできた。

「い…いや。イヤー…」


 私は目を覚まし、すぐさま布団を投げ出した。そして息が荒いのに気付くと、平静を保とうと、必死に呼吸を整えた。

 いつもここで夢が終わる。いつもあの暗闇の中で、あの寒さで、あの格好のままで。そしていつもあの粘土に出会って、叫んだら終わり。いつも分かりきっているはずなのに、なぜだかあの中をさまよい続ける。

 耳を押さえながら、今起こっている現実と夢の中で起こった現実を照らし合わせると、まったく同じなのが分かる。最近こういう夢をよく見る。しかしこの夢を見るたびに、現実か夢なのか、分からなくなってくる。

 そして私は横になるが、なかなか寝付くことができない。布団の中であのことをめぐらし、ひっそりと泣く自分の姿を上から見下ろすと、つくづく悲しくなり、現実の私も涙を流す。

 一人でいるのがこんなに辛く悲しいことだなんて、思いもよらなかった。

 これが始まったのは、絶望の底に住み始めてからであった。
< 1 / 45 >

この作品をシェア

pagetop