砂の国のオアシス
第四章

「ナギサ」
「・・・ん・・・」
「俺は公務へ行く」
「ごめ・・・もうちょっと寝かせて・・・」

私はゴニョゴニョ言いながら、カイルに背を向けた。

「構わん。昨夜はほとんど寝てないからな」
「だれの、せいよ・・・」

もう!そんな面白がった声で言ってくれちゃって!

「俺は今日から1週間国外訪問だ。そして俺がここに帰ればおまえは生理中。しばらくできんからな。補充をしておく必要があった」
「補充って・・・」

まだ完全に目は覚めてないし、まだ寝たいから、私は目をつぶったまま、カイルの方に向き直った。

「今朝もしたかったが、残念ながら時間が足りん」
「いや、もういいです、ていうか、十分でしょ。大体カイルだってほとんど寝てないのに、何でこんなに爽やか元気なのよ」
「俺は元々眠りが浅いタイプでな。少し眠れば十分だ。おまえにも付き合わせて悪かったな」というカイルの口調は、全然悪いとは思ってないんですけど・・・。

いつも通り、俺様国王全開だ。

目をつぶったまま、思わずニヤけた私の頭を、カイルが優しく撫でてくれた。
カイルの手首からするオレンジの香りに、心が安らぐ。

「ごめんね、見送りしなくて」
「構わん。まだ寝てろ。ナギサ」
「はい」
「今日はテオと図書館へ行くんだったな」
「うん。入試対策の本を探してくれるって」
「何かあれば俺に連絡しろ」
「はぁい」
「では行ってくる」

カイルは3回私の唇にキスをした。

「行ってらっしゃい。気をつけて・・・」と私が言ったとき、静かに閉まるドアの音がした。







マローク家の別荘から帰った日以来、私はカイルの隣の部屋へ引っ越しをさせられた。
その日の夜、カイルが壁についてるドアから入って来たとき、どれだけ私がビックリしたか!

『ななな・・・ぎゃあ!ちょっとカイルッ!』

カイルは私を抱きかかえると、サッサとドアを通って・・・カイルの部屋のベッドへ寝かせた。

『あの部屋にもベッドはあるが、おまえが寝るのは基本、このベッドだ。覚えておけ』
『んん・・・か、カイル・・・』
『俺がいるときは必ず俺のベッドで寝ろ。俺と一緒に』

カイルと一緒のベッドで寝るようになって10日。
カイルは毎晩私を抱かないけど、それにしてもあの人のスタミナって・・・凄いと思う。
とは言っても、私は今まで誰ともこんな・・・おつき合いをしたことがないから、エッチの平均回数なんて分からないけど!
でも抱くときは、徹底してるというか・・・。

『もうテオってば、しつこいくらいくどくて、ネッチリしてて濃厚過ぎ』

とジェイドさんは言ってたっけ。
あーそれ分かる!
ていうか、やっぱりマローク兄弟、似たところがあるよねー、ハハハハ・・・。


『イシュタール大学の編入試験は8月中旬にある。おまえもそれを受けて良いと許可が下りた』

とカイルに言われたのが、別荘から帰って2日後のことだ。
カイルが本当に私のお願いを聞き入れてくれたことが信じられなくて、でもそれ以上に嬉しかった。

でも試験まで、3カ月ちょっとしかない。
日本の大学入試みたいな試験内容なのか、そもそもどの科目のテストがあるのか、どの学科へ行きたいのか、そのあたりから私は全く分からない状態だ。

カイルもそれが分かっていたと思う。
私はヒルダさんとテオに、試験対策の勉強を教えてもらうことになった。

その一環も兼ねて、イシュタール大学の図書館へ、時々テオが連れて行ってくれる。
王宮内にも本はたくさんあるけど、大学の図書館にはかなわない。
どうやらイシュタール大学にある図書館は、世界でも有数の本の所持数を誇っているとテオが言っていたのがよく分かる。
なんせ建物は大学のキャンパス並みに広大だし。
不慣れな私は、中をよく知ってるテオと一緒じゃないと、絶対迷子になる自信がある!

そもそも大学の図書館へ行こうと誘ってくれたのは、テオだった。

『前ナギサが書いてくれた“凪砂”という字は、シナ語の字に似てると思うんだ』
『へぇ』
『王宮内にはシナ語で書かれた本がない。でも大学の図書館にはあるはずだ』
『ホント!?』
『うん。冊数はそれほどないと思うけど、ゼロじゃないはずだ。だからナギサ、図書館に行ってみないか』

というわけで、今日で図書館訪問は3回目。
テオが言ったとおり、シナ語で書かれた本のコーナーはあったけど、残念ながらシナ語は日本語とは違っていた。

でも、所々「こういう意味だよね」と何となく分かる部分もあった。
というのも、シナ語は中国語に似ているから。

シナ語は漢字だけで書かれている。
その中には、日本語の漢字と同じ字もあった。
読み方は日本のそれと同じかどうかは分からないけど。

結局、シナ語よりもアルファベットで書かれている英語のほうが、私には理解しやすいということだ。

「日本でも英語の授業があるのか?」
「あるよ。でも普段は日本語を話すし、日本は島国だから、英語を話す機会は、作らないとあんまりないけど」
「ナギサは英語が上手だし、よく理解できているね」
「私は2歳から15歳まで英語圏の国に住んでいたし、英語と日本語の通訳の養成学校に通っていたから」
「通訳になりたかったのか?」
「別に通訳じゃなくてもよかったの。せっかく長い間英語圏の国に住んでたから、英語を忘れたくなかった。それに英語は読んだり話せたほうが、どこかの企業に勤めても役に立つし」

そういえば私、大学に行く傍ら、通訳養成学校にも通ってたんだっけ。
もう何年も前の話に思えてくる。
ていうか、他人事のように思える。

懐かしいと思う気持ちと同時に、私はどこかの企業に勤める日がやって来るのかという疑問も湧く。

企業に勤める、イコール私はこの世界にはいない?
それとも、イシュタール王国か、この世界にある、他のどこかの国の企業に勤めているかもしれない・・・?

そんなことを考えていたとき、テオが私の目の前で手をふった。

「え。あ・・・」
「英語圏の国って、どこに住んでたんだ?」
「あぁっと、2歳から9歳までアメリカのヒューストンって都市にいて、9歳から15歳までは、イギリスのスウォンジーって都市に住んでたの」
「アメリカにイギリスか。初めて聞く名だ」
「やっぱり?アメリカはとても大きな国土でね。50の州からできてて、国内で時差があるの。イギリスは日本と同じ島国で、4つの国というか区域を総称して“イギリス”と呼ぶの。スウォンジーはイギリスのウェールズという区域にあって・・あ!ウェールズの首都で一番大きな都市は、カーディフって言うのよ!」
「へぇ。ジグラスの統治国と同じ名か」
「ウェールズの国旗は赤い龍だし」
「やっぱりナギサの世界とこの世界は、どこかで繋がってるのかもしれないね。あ、ナギサ、ちょっと待って。僕あっちの地質学コーナーに行きたい」
「じゃあ私は先に借出カウンターに行くね。並んでるみたいだから」
「オーケー。僕もすぐ行く」


借出カウンターには、私の前に5人並んでいた。
どうやらお昼の休憩時間と重なったらしく、カウンターには一人しかいない。
別に急ぐこともないし、テオも今日は講義休みだって言ってたから・・まぁいいか。

テオの姿を確認しつつ、前を向こうとしたとき、私の後ろに紳士的なオジサンが立った。
私と同じアジア系の顔立ちのせいか、ちょっと親近感が湧いた私は、オジサンにニコッと微笑みかけた。

「こんにちは。また会えましたね」
「・・・え?」
「私はコウと申します。シナ国から来ました。15年前からイシュタール大学でシナ語とシナ文化を教えています。3日前にもあなたとマローク教授を図書館でお見かけしました」
「あぁそうでしたか。えっと、ナギサ・カタオカと申します」
「カタオカ・・・」

コウさんはそうつぶやくと、ポケットから紙とシャーペンを取り出して、何か書いた。
そしてそれを見せながら、「こう書くのですか?」と私に聞いた。

「え・・・」

そこには「片岡」と書いてあった。
ビックリしたけど、シナ語の字にあるのかもしれない。
と思っていた私に、コウさんは衝撃的なことを告げた。

「これはシナ語ではありません。私は日本人です」と、コウさんは私に日本語で言った。


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