世界でいちばん、大キライ。
彼――曽我部は、カウンター席が空いていてもそこに座ることはない。
それは性格的なことなのか……それもまた、特に理由のないことなのか。

入口から入ってすぐ右手の、窓際の二人掛けの席に腰を下ろす。
その途中にあるブックスタンドから今日の新聞を抜き取って。

そんないつもと変わらない曽我部の様子を横目でちらりと見ながら、桃花は落ち着かせたお湯の入ったドリップポットを手に取った。

荒目にひいた粉の中心をめがけて細くお湯を注いでいく。そのまま円を描くように粉全体を濡らしてから、一度注ぐ手を止めた。
数分蒸らす行程で、桃花は再び曽我部を見る。

相変わらずピシッとした襟元のシャツを纏い、新聞を読むときに組む足はすらりと長くスタイルがいい。
骨ばった男の手つきは、それだけで大人の色気を感じさせるようで……。

はっとした桃花は慌ててコーヒーのことを思い出して作業を再開した。

(ただでさえ一杯出しなんて難しいのに、集中しなきゃ)

精神を統一するように口から細く息を吐き、ポットから再び細くお湯を注ぎこむ。
ゆっくりと泡を出さないように気をつけて淹れ終えると、ようやく肩の力を抜くことが出来た。

「お待たせ致しました」

今しがた抜いたはずの力が心なしかまた入っている。
それは仕事上のことが理由ではなく、目の前にいる曽我部の存在に対してのものだった。

「ああ、どうも」

バサッと広げていた新聞を折りたたみ、軽く頭を下げて桃花に礼を言う。
トレーを両手で抱えながら、桃花は思い切って話しかけた。

「あの。この間は、たくさん、ごちそうさまでした」

店内では、まともな会話らしい会話というのが今が初めて。
そういうことも含めて、緊張している桃花を見上げた曽我部は、特に表情も変えずに答える。

「ああ、いや。おっさんにもなれば、あのくらいどーってことないデス」
「……それ、前も言ってましたけど、全然〝おっさん〟なんかじゃないですよ」

(実年齢知らないけど。でも、近くで見ると、そのアクのない顔立ちと――)

射るような瞳を一瞬桃花に向けた曽我部は、瞬時にくしゃりと笑顔に変わる。

「ははっ。そりゃどーも」

(……その、予期せぬ笑顔が……やっぱりかわいい)
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