降り注ぐのは、君への手紙

木製の重厚な扉。こじんまりとした室内に、木製のカウンターと椅子。そして鏡。
内装はまるで時が止まっていたかのように変わりなかった。
なのに、とても静かで寂しい場所に見えた。


「懐かしいですか?」


クスリと笑いながら、ヨミさんは私に椅子を進めてくれた。


「そこまで昔じゃないんですけどね。それより武俊くんは?」

「帰ったんですよ。それは良いことだと思ったんですが、……ちょっと見てられなくて」

「……現世に帰ったんですか?」


確かに、彼は半死だと言っていた。
でも、戻る方法も分かっていなさそうだったから、てっきりまだいるものかと思っていた。


「ええ。ですが記憶を消してますんで。すっかり後ろ向きになってしまって」

「記憶を? どうして?」

「決まりなんですよ。通常、閻魔裁判で人道に行く場合は赤子に戻して記憶を消してしまいます。タケさんを子供に戻すわけには行きませんが、ここでの記憶まで持ち帰らせるわけにはいかないんです」

「そんな。じゃあ武俊くん、ヨミさんのこと忘れちゃったんですか?」


私が前のめりになると、ヨミさんは口元を緩ませた。


「僕のことは一番どうでもいいと思うんですが。妃香里さんまで彼と同じことを言うのですね」

「どうでもよくないです」

「……まあ、記憶のことは決まりで仕方ないんです。それより、これを見てもらえませんか?」


ヨミさんは、私を鏡の前に座らせた。

この鏡とよく似たものを、閻魔殿でも見た。ヨミさん曰く、あちらが本物の浄玻璃の鏡というもので、この郵便局にあるのは模造品らしい。

まるで覗きこむ人の心を映しだすように、見たい風景を必要なときに見せてくれる鏡。
それが、唇を噛み締めてうつむく武俊くんを映しだした。


< 155 / 167 >

この作品をシェア

pagetop