理想の結婚
第8話

 翌日、帰省の疲れも抜けないまま早起きを強要され、理紗はしぶしぶ法事の手伝いをしている。そこへ喪主の嘉也がやっと内海邸に顔を見せる。
「おお、理紗ちゃん久しぶり。八年ぶりくらいか? 綺麗になったな~」
「ご無沙汰してます」
「わざわざすまないね、法事のために帰省だなんて」
「いえ、たまには実家に帰らないと誰かさんが煩いから」 
 台所に立つ奈津美を二人で見て苦笑する。
「そっか、でも理紗ちゃんが帰ってるなら麻美に連絡しないとな」
 唐突に出た旧友の名前に理紗は驚く。
「えっ、なんで麻美の名前が出るんです?」
「いや、恥ずかしい話なんだが、俺、二年前に離婚しててさ。今、麻美と付き合ってんだわ」
「えっ! うそ!?」
 声を大にして驚き奈津美も驚いたふうに理紗を見る。
「ご、ごめんなさい。あまりに衝撃的な話だったんでつい」
「だよね、ごめん。二人は高校からの親友だし、ちゃんと言っておこうと思ってね。結構な年の差だし、親戚とか千歳には内緒に頼むな」
 それだけ告げ手を挙げて出て行くと、今度は奈津美が焦りながら何の話だったかを根掘り葉掘り訊ねてくる。離婚の話を聞いたと上手く逃げてみるも、親友が叔父と付き合っているという状況に、また一つ悩みの種が増える心地がしていた。

 眠さを堪えながらも法事がつつがなく終了すると、親戚一同は内海邸にて酒宴に興じる。親戚の中でも一番の古株で長老的存在である内海正蔵(うつみしょうぞう)は久しぶりに会う理紗にご満悦でニコニコしている。幼少の頃は白髭の怖い爺様というイメージしかなかったが、大人になるとただの気の良いお爺ちゃんにしか見えない。
 正蔵に近況報告をしていると、酒の入った他の親類も絡んできて理紗は戸惑う。単純に法事と言う名の飲み会が開催されているのではと思うものの、それでも故人も偲ぶ部分もあり納得する。宴会の様子を見守りつつ、居間や縁側をきょろきょろするが一輝の姿はどこにもない。
(もう公園で待ってるのかしら? だとしたら早めに行ってあげないと……)
 席を立ち玄関に向おうとすると奈津美に呼び止められ、恒例となった特殊任務を押しつけられる。一階は宴会場と化しているので、子供達は二階にある理紗や克典の部屋で騒ぐ。ゲームや漫画のある克典の部屋は男子。可愛い小物等がある理紗の部屋には女子勢が陣取る。
 彼氏の有無等、おませなトークに辟易しながら時計にチラチラ目が行く。時間は指定していないものの、少なくとも宴会開始から数時間は待っていると推測される。気ばかり焦るが子供達を邪険にも扱えず、やきもきしながらおままごと等をこなす。

 午後九時を周ると宴会も終焉を迎え子供達も帰って行く。急いで公園に向おうとするが、嫌な予感が的中し宴会の後片付けを頼まれる。半泣きになりながらも克典の手も借りて片付けを済ます。終わった頃には日付を超える時刻になっており顔面蒼白になる。
 自室に戻るフリをして家を飛び出すと、一目散に公園へと向う。この時間では待っている可能性は低いが、行って確認しないと気が済まない。小走りで公園への道のりを向っていると、暗がりで見落としていた段差につまづき転倒する。
(痛! やっちゃったか。膝擦りむいた。でも、急がないと……)
 立ち上がると膝の痛みを我慢しつつ、再び公園へと走り出す。肩で息をしながら公園に到着すると、遊具やベンチを見渡す。深夜ということもあり当然人影は全くない。
(やっぱり帰ったか。悪いことしたな……)
 ダメモトで園内の一番奥のベンチに向うと、そこには外灯に照らされて座る一輝の姿があった。
「か、一輝君?」
「ん、理紗姉? やっときたか」
「こんな時間まで待ってるなんて……」
「理紗姉、絶対来るって言ったから待ってただけだよ。なんか変?」
 六時間以上待たせことをおくびにも出さず一輝は平然と言ってのける。
(私の言葉を信じてずっと待っていたなんて。この行動パターンからしても、私と結婚したくてずっと想っていたとしても不思議じゃない)
 何も言えずに黙っていると一輝はベンチのスペースを取って話し掛ける。
「座れば?」
「あ、うん……」
 右足を引きずりながら座ろうとする理紗を見て一輝は血相を変える。
「ちょっと待って! その膝どうしたの?」
「え? ああ、さっき転んだの。ドジよね」
「もしかして俺のために走ってきた?」
「うん、まあ、凄く待たせたかもって思ったらね」
「ここでちょっと座って待ってて」
 そう言うとベンチに理紗を残し一輝は園外へと走って行く。首を傾げながら見送ると、数分で帰ってくる。手にはペットボトルが握られている。
「飲みもの買ってきたの?」
「違うよ、これは水。理紗姉の傷口洗うためだ。洗うから足伸ばして」
 断ることも出来ず言われるまま素直に足を伸ばすと、傷口に冷たい感覚が広がり同時にジンジンと痛みが広がる。洗い終わるとハンカチで優しく巻かれ手当てが完了する。
「とりあえずこれでいいかな。帰ったらちゃんと消毒しといて、雑菌が入ってる可能性もあるから」
「ありがとう。これじゃ昔と立場逆転ね。昔は私が怪我した一輝君たちの手当てをしてたのに」
「子供の頃はホント、理紗姉に世話になったよ。今でも感謝してる」
「いえいえ、どういたしまして。お礼はケーキでいいよ」
 理紗の冗談に一輝も笑顔を見せる。
(大人になった一輝君の笑顔初めて見た。素敵な笑顔だな)
 見ていると一輝が口を開く。
「こんな時間だけど、話していい? それとも明日に日を改めようか? 理紗姉、今日疲れてるでしょ?」
「ううん、こんな時間まで待っててくれたのに話さないなんて申し訳ない。ちゃんと話そう」
「そう、じゃあ、俺から言いたいこと言っていい?」
「もちろん、どうぞ」
「あのさ、八年ぶりで俺のこと忘れてたでしょ? 成長して外見かなり変わってたしそれは良いとして、俺との約束は忘れてなかったんだよね?」
「昨夜話した結婚のことよね? その件で私も言わなきゃいけないって思ってた」
「なにを?」
「一輝君とは結婚はできないってこと」
 理紗の言葉で一輝の顔色が変わる。
「なんで出来ない?」
「近しい親類だからよ。法律的に無理」
「なんだ、そんなことか」
「そ、そんなことって、法的に無理って言ってるのよ?」
「それって法律的に、ってだけだろ? 婚姻関係を結べないってだけだ」
 一輝の言わんとすることが分からず理紗は首をひねる。
「言い方が悪かった。結婚に拘りはないんだ。俺はただ理紗姉と一緒に居たい。ただそれだけだよ」
「ごめん、意味分からない」
「つまり、結婚せず内縁みたいな感じでずっと一緒に居られたらって考えてる。非嫡出子となるけど法的にも二人の子供を持つこともできる。何か問題でも?」
 具体的な案を提示され理紗の頭の中はくらくらしていた。

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