躊躇いと戸惑いの中で


夕食時もとっくに過ぎた頃、店舗周りから開放されてやっと本社へ戻ってくることができた。

「あ~、疲れた」

とりあえずコーヒーでも飲もうと給湯室へ向かいながら、途中、思い出してPOPのフロアへ立ち寄った。
相変わらず開け放たれたドアの向こうからは、忙しなく稼動しているコンピューターやプリンターの音が聞こえてくる。

ノックをして踏み込むと、はい。と梶原君にしては珍しく返事が聞こえてきた。
ちょっと意表をつかれて中を覗くと、返事をしたのは乾君だった。

どおりで。
梶原君がノックに反応したことなど、今まで一度もないからだ。
寧ろ、今更反応されても、どうしていいのか困ってしまうかもしれない。

乾君が作業をしているそばに歩いて行くと、フロアには彼しかいなかった。

「あれ? みんなは?」
「新店にいっちゃいました。梶原さんの作ったPOPの設置だそうです」

「そう。乾君は、行かなかったの?」
「僕は、ここに残って追加の作成を任されたので」

「そう」

作業を一人で任されるって事は、梶原君が信頼したってことよね。
凄いな。
思わず感心。
乾君て、河野が目を付けただけあるってことかな。

「あとどのくらい? まだまだ残業になりそう?」

時間も時間だし、本社に来て早々残業しまくりなのもちょっと、と心配して訊いてみると。

「そうですね。さっき梶原さんから連絡があって、サイズ違いの物を急遽依頼されて、その枚数が結構あるのでしばらくかかりそうです」
「そう。何か手伝えることない?」

「碓氷さんは、総務の方大丈夫なんですか?」
「ああ、うん。とりあえず、河野の分のエリア廻って帰ってきたし。あとで、社長に日報送ればいいくらいかな」

「じゃあ、あっちのプリンターのインクを補充してもらえますか」
「りょーかい」

乾君の指示に従って、インクの補充をする。

インクがつかないよう袖をまくってみたんだけど、いくつか交換しているうちに指先がカラフルになってしまった。

あ~あ。
これ、落ちるかな。


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