定時三〇分過ぎ。
それほどの残業を強いられることもなく、私は席を立った。
乾君には、少し前に連絡を入れてあり、とあるお店で待ち合わせをしている。
浮き立つ心を抑えつつバッグを手に廊下へ出ると、丁度河野が店舗周りから戻ってきたのと鉢合わせてしまった。
できれば今は会いたくなかったな、という後ろめたい感情が僅かに心拍を速める。

「もう、帰るのか?」
「あ、うん」

言葉少なに河野の横を通り過ぎようとすると、呼び止められてしまった。

「俺も日報書いたら上がれるから、飲みにいこうぜ」

なんら変わらない、いつもどおりの誘いだ。
だから、動揺する必要などないというのに、思わず目が泳ぐ。

「えーっと。ちょっと、寄るところがあって」

曖昧な返事をすると、あからさまに河野の表情が曇った。

「どこ?」

なんとなく探るような視線が益々私の動揺を誘う。

「ちょっと……知り合いと食事」

嘘は、ついていない。
乾君は知り合いだし、食事へ行くのも本当だ。
だけどやっぱり、待ったをかけている自分の後ろめたさは隠しきれなかった。

「まさか。他の男とデートか」

渋い顔のまま訊ねられて、何も言えなくなってしまった。
怒られるかもしれない、と小さな子供みたいにビクビクしていたら、目の前の河野は予想外の態度で接してきた。

「正直すぎる」

判り易いんだよ。と頭に手を置かれ、小さく笑われた。
そんな行動に、思わず釣られて少しだけ笑みが漏れる。