東雲沙紀の恋の事件簿―見合い編―
ー3年前ー

連日書類に向き合っていた仕事が一段落し、ようやく家でゆっくり出来ると思うと、とても嬉しい。

更衣室で私服に着換え、ふぅとひと息ついて、B警察署内を歩く。

南山がいる部署のドアが少し開いていたので、歩きながら中に視線を向けてみると、人は少なく、南山の姿も見えない。

まぁ、いつ事件が発生するかわからないし、もしかしたら出動をしているかもしれない。

B警察署の敷地内を出て、駅に向かうために歩くと、蒸し暑い日が続いているので、空気が暑くて、歩くだけでも汗が出てくる。

これは帰宅したら、即お風呂で洗い流さないとやばいかも。

すると頬に一滴の雫が落ち、瞬く間に大粒の雨が降り始めた。

「傘が無い時に限って降るし!」

突発的な雨に対処なんて出来る筈は無く、駅に着けば屋根があるし、そこまではなんとしてでも行かなきゃ!

早歩きで道を進むけど、蒸し暑さと雨で服と靴がひどい状態になっていくし、少しでも早く駅にたどり着きたい…、お風呂でさっぱりしたい。

こんな雨のせいでびしょ濡れだし、ついてない。

そう、頭の中で思いながら歩いていると、1本の電柱の下に1台の黒い車が停車していて、電柱の側にダンボール、そしてそのダンボールの側に男性が1人立っていた。

あれって…、南山?

私は南山がいる距離から少し離れているけれど、あれは南山に間違いない。

南山はダンボールの側でしゃがんで、両腕をダンボールの中に入れると、中から一匹の猫を引き上げた。

その猫はとても小さくて、南山の腕の中で少し暴れていたけど、当の南山は動揺もせず、猫をそっと抱きしめ続ける姿に、私はその場から足を動かせない。

動いてしまったらいけないような気がして…、南山は猫を抱きしめたまま車の運転席側にまわり、ドアを開けて乗り、そしてエンジンがかけられ、車は走り去っていく。

普段は気難しいし、口が開けば突っかかるような言い草なのに、猫を拾い上げた時の南山の横顔はどこか寂しさがあって。

立ち尽くす私の横を数人が走りゆく足音に、ハッと意識を取り戻して、私も駅に向かった。

駅の改札に到着するも、ずぶ濡れになった服のまま電車には乗るわけにも行かず、タクシーも大勢の人が並んでいるので諦め、仕方なくある程度乾くまで駅のホームで過ごし、ややべったりな服のまま電車に乗り、帰宅する。

お母さんにはドン引きされたけど、すぐさまお風呂に向かい、温かいお湯に癒やされた。

自分の部屋のベットで寛いでも、南山のあの姿が浮かんでくる。

この日をきっかけに、私の心は南山に捕まえられた。
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