……人前で、泣くのが苦手だ。


取り乱すのが苦手。追いすがるのが苦手。弱いところなんて見せたくない。

だから、今目の前で繰り広げられてる光景が、どれだけ信じられなくても、泣きわめいたりなんて絶対しない。


「何してるの?」


よく知っている男の腕の中で、はっと息を呑んであげたその顔は、驚いているように見えるけど、きっとそのフリをしているだけ。
私がここを通ることを、彼女は知っていたはずなのだから。


「沙羽(さわ)先輩っ」


彼女を抱きしめていた男が、ばっと私を振り返る。こちらは本気で驚いているようで、そのことに少しほっとした。
男は慌てたように体を離したけれど、彼女の方は小さくその男のスーツの袖を掴んだままだった。

「先輩、これは……」
「祥裄(よしゆき)。説明してくれる?」

自分でも怖いな、と思うくらい冷たい声だった。後輩からマジで泣きたくなります、と定評のある、怒ると容赦なく低くなる私の声。

「違うんです、私が!」
「絵里(えり)ちゃんは黙ってて。……祥裄。何してるの?」

絵里ちゃんが大きな瞳に涙を浮かべて、祥裄の顔を見上げた。きゅ、と袖を掴む手に力を込めながら、そっと体を寄り添わせる。うるうるの瞳は、女の私から見ても守ってあげなきゃ、と思わせる力を持っていた。

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