「先生。俺……」

 比奈守君が言いかけた時、スマホの着信音が鳴る。

 純菜からの電話だった。いつもはもうとっくに帰っている時間なのに私がまだアパートにいないから、心配してかけてきてくれたんだ。純菜には部屋の合鍵を渡してある。

「ごめんね、比奈守君。友達から電話が……」
「出て下さい。待ってます」

 どこか優しいその言い方に安心し、私は電話に出た。

『飛星(あすな)、まだ仕事中?』
「ううん、仕事はもう終わってるんだけど、ちょっと出かけてて……」
『お疲れ様。私、今日は珍しく定時で上がれたから、琉生と一緒にアパートで待ってるね』
「うん、すぐ帰るよ」
『今日はトマト鍋だよ~!材料はうちらで用意したから何も買ってこなくていいよ』
「ありがとう。なるべく早く帰るよ。じゃあ、また後でね」

 今日はトマト鍋かぁ。楽しみだなぁ。って、私、永田先生と一緒に夕食食べたばかりだった。どうしよう。鍋ってけっこう量あるよね。食べられるかな?

「先生、友達からも慕われてるんですね」

 比奈守君が言った。

「クラスの人達からも慕われてますよね。先生らしくてすごいと思うけど、ちょっと妬けます」

 ぷいとそっぽを向き、比奈守君はスマホを取り出した。


 妬けるって、どういう意味?

 比奈守君には好きな子がいる。分かってるのに、比奈守君の意味深な一言を都合良く解釈しようとしてしまう。


「もうすぐ次の電車出るし、駅のホームまで送ります」
「ありがとう。気持ちは嬉しいけど、遅くなると家の人心配するよ?私を送った後、比奈守君に何かあったら……」

 教師としての自分が前面に出て、どうしても素直に甘えられない。一方、比奈守君はあまり深く考えていないらしく、自分が私の教え子だということも頭になさそうだった。

「ちょっとくらい遅くなったって大丈夫ですよ。小学生とかならともかく、もう高3だし、男だし」

 比奈守君は薄く笑う。

 男だし、か。何気ない言葉が、かっこよく思えてしまう。私は最近、本当におかしい。

 生徒相手にときめくなんて、恋愛不足の副作用としか思えないよ……。


「行こ、先生」
「えっ?」
「友達待たせてるんでしょ?」
「うっ、うん!そうだね」

 戸惑う私のことを一瞥(いちべつ)し、比奈守君は少し前を歩く。年下とは思えないくらい広い背中に気付き、また、胸がしめつけられた。


 学校じゃない場所で比奈守君と夜道を歩く。

 駅までの短い道のりは、なんだか、ここ最近で一番楽しい帰り道だった。

 こういうの、幸せだなあ……。

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