「花火に誘ったこと、覚えてるか」
「隅田川?」
「そう」
「未だに、なんで私が誘われたのかわかんない」
……そうだろうな。お前は俺のことなんて見てなかったからな……いや、俺も、見せてなかった。俺は杉本からお前を奪い、その体を俺のものにすることしか考えてなかった。考えないようにしていた。
だって、お前の心は……お前の心には、俺の心は絶対に届かないと思っていたから。あの杉本には、あの純粋で、お前だけを見て、お前だけを愛して、必死でお前を守っていた男には、絶対適わないと思っていたから。
でもな……本当は……
「好きだったから」



 相変わらず、塾の中での門田真純は大人しくて、あの日以降、俺と話すこともない。でもその姿が余計に俺をそそった。あの姿を知ってるのは杉本と俺だけ。脱いだらすごいんです、どころの騒ぎじゃない。俺は他のオンナを抱きながら、門田真純とのセックスを妄想するくらい、門田真純の体に夢中になっていた。

 そして、最大のチャンスがやってくる。
その日、俺は杉本が会社で花火大会にいくことを知っていた。そして、講義もない。
「ねえ、門田さん。明日、花火見に行かない?」
「えっ?」
「隅田川の花火大会。いったことある?」
「ない……です」
「ねえ、行こうよ」
うんって言えよ。門田真純、うんって言え!
「……うん」
やった! ついに俺の誘いに乗った! これでもう、俺の勝ちも決まったな!
「明日、五時に迎えに行くね」
「うん」
門田真純は、それ以上は何も言わず、俺も何も言わず、いつものようにレポートを書いてさっさと帰って行った。

 次の日、朝から洗車に行き、限定デザインのかっこいいTシャツと、クロムハーツのネックレスと、ヴィンテージのジーンズでバッチリきめた。グッチの財布には、親父のキャッシュカードで引き出した一万円札を十枚詰めて、親父のロレックスをつけて家を出た。
 四時五十分に社宅の前に着くと、窓から門田真純が手を振り、すぐに降りてきた。門田真純はグリーンのTシャツに、デニムのショートパンツ、白いモカシンを履いていて、いつもと違って、長い髪はポニーテールに結んであった。
「ありがとう」
「ううん、なんか、門田さん、今日かわいいね」
いや、お世辞じゃなくて、ほんとにかわいい。なんたって、そのショートパンツからの脚。助手席に伸びるその脚、たまんねえ。
「佐倉くんも、なんかいつもと雰囲気違うね」
門田真純はクロムハーツのネックレスとヴィンテージのジーンズをしげしげと眺めた。やっぱな、気合い入れてきてよかった! 都会の匂い、するだろ? あんな筋肉盛男とは違うだろ?

 会場までの道は当然渋滞していて、近くまで行くことは諦め、少し離れた駐車場に車を停めて、人混みの中を歩いた。途中でかき氷とわたあめを買ってやったら、門田真純は子供のように喜んでいた。
「離れないでね」
そう言って、俺はさりげに手をつないだ。これくらい、基本だけど。でも、つないだ手は柔らかくて、細くて、はぐれまいと俺の手を必死で握るから、ちょっと痛くて、俺は門田真純がかわいくて仕方なかった。
 
 俺達は花火を見て、手をつないで車へ戻って、ロイヤルホストで飯を食った。その間ずっと、門田真純は、興奮した様子で、花火の感想を話していた。よほど楽しかったらしく、一生懸命話すその顔はとってもかわいくて、講義の時みたいにハキハキしていなくて、なんだかちょっと舌っ足らずで、本当の門田真純が、見えた気がした。
もちろん、俺が支払いをして、社宅まで送った。財布を出すたびに、わざとらしく一万円札を見せつけた。でも門田真純は財布の中身には興味を示さない。
やっぱり……そっか、俺の勘違いか。金とかじゃなくて、本気で俺とのデート、楽しんでくれてんだ。あー、なんかほっとしたな。

「楽しかった?」
「うん。ありがとう」
部屋に電気はついていなくて、杉本はまだ帰っていないようだ。
「門田さん」
俺は、左手で門田真純の右手を握った。門田真純はその手を見て、左手を重ねた。
「キス、していい?」
門田真純は俯いたまま、微かに頷いて、目を閉じた。
俺は右手で肩を抱き寄せ、口紅の落ちかけた唇に、俺の唇を重ねた。
……柔らかい……舌、入れていいかな……
「う……うん……」
俺の舌が絡まると、門田真純は小さな声を漏らした。
駐車場の街灯に照らされた門田真純は色っぽくて、ガマンできずに、右手を太ももの間に入れた。
「ダメ……」
「ダメ?」
「うん」
「違うとこ、行こうよ」
「……たぶん、もうすぐ帰ってくるから……」
そうか……杉本が帰ってくるんだ……
でも、イヤってわけじゃないんだ?
「そうだね。ごめん」
 俺は素直に手を離したけど、門田真純は俺の手を離さなかった。いや、門田真純が離さなかったのは、俺の手じゃなくて……
「この時計、すっごい高いヤツだよね?」
門田真純はにっこり笑って、車のドアを開けた。そして、降り際に言った。
「この車、すっごい乗り心地いい」
「そ、そう? また乗せてあげるよ」
「うん、またね! おやすみ!」
そうなんだ……俺とのキスじゃなくてそこなんだ……

 部屋に戻る門田真純の後ろ姿を見送り、車を出した。でも、なんか……俺、あの女のこと、好きかもしれない。わかんないけど。だって、俺、女に惚れたことないから。手に入れられないものが欲しいだけかもしれない。わからない。わからないけど、門田真純に会いたい。顔が見たい。笑って欲しい。唇の味が忘れられない。何より、筋肉軽トラ野郎が憎くて仕方ない。今頃、もう帰ってんのかな。帰ってまた……
あっ! しまった!
ガシャン! という音と、衝撃に我に返った。ぼんやりしていた俺は、電柱に思いっきり左バンパーをぶつけてしまった。
ヘッドライトが無惨に粉々に飛び散り、バンパーがベコっとへこんでいる。
あーあ……なんてことだ……親父になんて言おう……

 そして、この車の悲劇が、俺の、いや、俺達の運命を変える。

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