おじさまと恋におちる31の方法
【3】 お嬢さん、お手をどうぞ?

デートならぬ「実地検証」は、自称小説家の男により一方的に約束されてしまった。

響子は、紗江のこの窮地をロマンス映画のように楽しんでニコニコと笑うだけで、全ての原因のマスターときたら「取材の一環なら仕方ないよねぇ」とオロオロするばかりだった。


果たして自分なんかと「実地検証」に行って何が得られるのか。

紗江が何度も飯村へ抗議しても、自称小説家の男は曖昧に笑うばかりだった。



かくして金曜日の夜。
紗江はクローゼットからひっかきまわした洋服に埋もれながら、ああでもないこうでもないと唸ってばかりいた。

「デートじゃなくて、検証なんだから、そう気合い入れるのもおかしい」とタイトなジーンズを手にし、
「そうは言っても外出なんだから…」ととっておきの華奢なヒールを手にし、
「でもあんな人に見せるのも癪だし…」と今度はパンツスーツを手にし…その繰り返しだった。

結局服を決めたのは当日の夜中1時で、待ち合わせにギリギリだったのは本末転倒という他ない。



「やあーおはよう、お嬢さん!実にいい天気だね」


紗江の寝不足原因の本人は、待ち合わせ時間きっかりに喫茶店エスポワールを訪れた。

彼はいつものくたびれた格好ではなく、まあそれなりに気遣いはしてきたようで、深藍色のジーンズとパリッとアイロンの効いた白いシャツだった。
足元は相変わらずサンダルだが。


「どうもおはようございます」

紗江は首を傾けたままの無気力で答えた。
喫茶店の入り口に立っていた紗江の格好を見た途端、飯村はわざとらしくぼやく。


「な~んだ、スカートじゃなかったの?」

「べ…別に、何だっていいじゃないですか。若い子が行くデート場所を検証するだけなんですから」


あれほど悩んだ服は、結局、シックな色合いのチュニックに、淡い色のヒールとジーンズパンツを合わせてみた。

これだったらいかにも「デート服」という印象は与えないだろう。
飯村がカラカラと軽口を叩いて笑う。


「おじさん、期待してたのにな~」

「文句を言うなら別の人に頼んで下さい。あなただってくたびれた格好のくせに」

「…お嬢さん、僕が喫茶店の常連客だって事忘れかけてない?」

「喫茶店員をナンパする人は常連客じゃないです」

「手厳しいねえ」

飯村の軽い言い合いがどうも穏やか過ぎて耐えられず、紗江はチラと喫茶店を見た。
窓ガラス越しには、開店準備をしているはずの響子とマスターが、こちらの様子をこっそりと伺っている。


人の気も知らないで…!



「で、今日はどこにエスコートしてくれるの?」


紗江は、手で二人の視線を払いのけ、わざと歯をむき出して見せた。


「お嬢さん?」

「ああ、いえ、なんでもないです。…今日はまずは上野に行きます」

「ふうん、上野」

「美術館へ行きましょう」

「へえ、美術館」


ここだけの話だが。

紗江は自分の服装にばかり気が取られ、肝心の「若者が行きそうなデートコース」にはちっとも意識が回らなかった。

かといって時間があれば気の効いたデートコースを考えられたのかというと、そうでもないのだが。



「大分渋いデートコースだねぇ」

「もっ文句言うなら他の人に頼んでください」

「嘘。冗談。別に文句は言ってないよ~」

「さっさと行きますよ」


ふと彼の視線が再び彼女の服へ移った。
紗江が思わず体を強張らせたのは、彼女の防衛本能だろうか。

しかしその防衛本能とは裏腹に、飯村はニヤニヤ笑いを消し、穏やかに微笑んでみせた。


「そういう服も似合うねえ、君は」

「……」


どうもありがとうございます、と尖らせた唇で答えながら、紗江は最寄りの駅まで勢いよく歩き出した。


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