就職が決まってから借りたアパートは、一期書店から南東に向かって歩いて15分程度の住宅街の外れにある。

駅やショッピングモールからは少し離れているけど、スーパーなら近くにある。

私が仕事を終えて家に帰る時間にはあまり人とすれ違うことはないものの、街灯が多くて道も広く、ひとりで歩いても怖い思いをしたことはない。


だけどこんなふうに樋泉さんとふたりきりになると、その静けさも恨めしい。

ドキドキと鳴る心臓の音まで彼に伝わってしまわないか心配になるくらい。


遥か彼方に昇る月が少しずつ夜の空気を冷ましても、頬や指先には火照りが残る。


「メガネはすぐに直ったし、馴染みの店で特別に安くしてもらったんだ。叩かれたところも、ひどくはならなかった。もともと俺が勝手にしたことだしね」


今夜の彼はわたしの斜め後ろではなく、すぐ隣を歩いていた。

月が照らす道を進む私たちの後を、影と足音だけが追ってくる。


樋泉さんはこれを『あの夜のお礼』だなんて言うけれど、本当にお礼をしなくちゃいけないのは私の方だ。

だから私にも何かさせて欲しいって言ったんだけど……。

樋泉さんはなかなか首を縦には振らない。

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