S系上司に焦らされています!
「相沢さんってちょっともったいないよね」
「えーと、それはどのあたりが……?」

身長一六一センチ、手抜きスタイリングがしやすいふんわりニュアンスパーマのボブカット、女子力低めのシンプルメイク、さて、わたしのどのあたりがもったいないのだろうか。

「自分のもったいなさに気づいていないあたり?」
「なぞなぞですか?」
「違うけどー。ほら、わりと背も高いし、すらっとしてるし、目だって結構大きいし、よく見ればかわいい顔をしてる気がするんだけど、なんとなくコメディ担当みたいなところとか」

久々に会ったチーフが褒めているのか貶しているのか判断しにくい発言をしたときの対処法なんて、へとへとに疲れてるときにパッと思いつきはしない。
こういうときはスルースキルがものを言う。何事もなかった風を装って、わたしは無関係な話題を振った。

「そういえば、市原さんが明るい時間に本社に来るのは珍しいですね。何か緊急の用事ですか?」

普段は出向先で作業をしている市原さんだが、報告や相談で本社を訪れることはある。だが、それは業務時間外が多く、その場合でもわたしは残業していて顔を合わせることがときどきあった。
強引に話の矛先を変えたことで何か言われるかと一瞬身構えたけれど、市原さんはそれほど気にしていないらしい。

「今日、十八時から部会でしょう?」

その言葉に胃がキリリと痛むのを感じる。
忘れていた。
忘れていたかった、今日は部会の日。
部会というのは、社で決められているユニット毎の月例報告会で、本来ならば定時退社時刻の十八時に開始される。
そして、システム開発第三ユニットにおける部会とは、一言で言って『簡易地獄』だ。なんなら『公開処刑』と言い換えてもいい。
七瀬さんの前で、それぞれが現在抱えている案件の説明、状況、問題点などを報告するのだが、いかんせん我がシステム開発第三ユニットのユニットリーダーはドSEである。

「忘れてた? 報告書作成できてるのー?」

市原さんが少し怪訝そうな表情で、わたしを覗き込む。心情が顔に表れていたのだろう。

「報告書は、そうですね、今から作成します……」
「急がないとまずいよ。十五時までに俺んとこメールしておいてね」
「はい……」

この忙しい時に部会!
しかも今携わっている案件は、かなりのデスマ案件!
余談だが、デスマというのは、正式名称をデスマーチ、つまり死の行進と言って、ソフトウェア開発業界では、通常勤務では納期に間に合いそうもないプロジェクトを指す。連日の残業も休日出勤も、時には徹夜での作業も当たり前、ってわけ。
しかし、デスマ続きというのは結果として、残業手当を申請することになり、会社は当然喜ばない。それでも、長時間の残業をしなくては終わらない案件、それがデスマ。
部会では、残業時間の概算も報告しなければならない。その結果、手際の悪さやスケジューリングの問題点を指摘されることも多々ある。

「まぁ、そんな死にそうな顔しないで。午後も頑張ってねー」

ぽんとわたしの背中を叩いて、市原さんが歩いていく。
その後ろ姿を眺めながら、どうにかして今日の部会を休む方法はないかと考えたくなる気持ちを、必死で押さえつけた。
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