あの日のきみを今も憶えている
「園田、く……」

「やめて、ヒィ!」


耐えきれなくなって声を掛けようとした私を、美月ちゃんの鋭い声が止める。
美月ちゃんは目を真っ赤にして、涙をボロボロ零して、そして首を横に振った。


「ヒィ、言わないで。今は、あたしのこと何も伝えなくっていい。言ったって、どうしようもないもん……」


美月ちゃんは、泣き咽びながら、言った。


「ここに長くいられないこと、あたしが一番よく分かってる。あたしはまた、近い未来、あーくんを置いていってしまう」


ぐっと唇を噛んだ。園田くんに掴まれたこぶしに力を入れる。爪が手のひらに刺さる感覚があった。


「あたしは、もう一度、死ぬ。そんなあたしが、今あーくんに何を言えっていうの……」


それとほぼ同時に、晴れ渡った空から小さな雨粒が降り注いだ。


「うわ! 雨だ!」

「やだなんで? 天気いいのに!」


通り過ぎていく人たちが、慌てて駆けだして行く。


狐の嫁入りだ。

夏の日差しを受けて、雨粒が煌めきながら街を彩ってゆく。
青い睡蓮の上にも、緑の葉にも、光の粒が降る。
花弁の上に、宝石をばらまいたように見えた。


とても綺麗で、幻想的な景色。
モネの絵画をそのまま現実にしたかのようだ。


でも、こんなの、いらない。
私、もうどれだけ綺麗な景色も、見なくていい。

だから、神様お願い。
私の目に映る美月ちゃんを、どうか園田くんに見せてあげてください。
彼女の声をどうか、園田くんに届けてください。

私が何かを引き換えにして、それが叶うというのなら、私はそれを差し出します。
だから、お願いします。


奇跡を下さい、どうか。


短い通り雨はすぐにいなくなって、空に大きな虹がかかった。
真っ青な空の中央にかかる綺麗なアーチ。
湖畔の木々や蓮の葉は、水滴をキラキラと反射した。
鮮やかな生の世界が、私の目の前に広がる。


それを見ながら、私の目からころんと、涙が零れた。


「ああ、神様って、すごくいじわるだね……」


やっぱり世界は綺麗だと思う自分が、哀しかった。


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