最後のメール
二人
「ねぇ……」

 もうすでに真夜中……。

「うん? なに? まだ起きてたんだ」

 彼の声はいつものようにやさしい……。

「うん。……いいの。何でもないから……」

 一つのベッドで背中合わせに眠ろうとしている私たちは、毛布の隙間から入ってくる冷たい空気が、季節のせいじゃないことにとっくに気付いている。


 卒業して三年。

 彼はこの都会に残り誰もが知っている企業に勤め、私は生まれ育った街の銀行に就職した。

「きっと迎えに行くから待っていて欲しい」

 新幹線のホームで彼はそう言った。あの時の真剣な目に嘘は無かった。



 このアパートも昔のままなのに……。


 遅く帰ると外にある階段が足音で響いてご近所迷惑だから、二人で音を立てないようにそっと歩いて部屋に入った。

 そんなこと一つ一つが何故だか可笑しくて笑ってばかりいた。

 あの頃の二人には一緒に歩く未来がちゃんと見えていたのに……。
 どこで見失ったんだろうか?


 遠距離恋愛……。

 それでも私たちなら大丈夫だと思っていた。それぞれが暮らす街がどんなに離れていても、気持ちは離れない、心は繋がっていると信じられたのに……。



 連絡も入れないで彼の暮らすこの街に今夜突然会いに来た。

 メールを入れて待ち合わせて食事をして、お酒も飲んだ。

 久しぶりの彼の部屋……。何度も泊まった彼の部屋……。


 そこに私の物ではないクレンジングオイルを見付けた。

 そんな気がしていた。だから私は自分の目で確かめに来た。

 二人が、もう終わっていることを……。

 やさしかった彼の目に今映っているのは、私ではないことを。



 夜明け前……。

 私はベッドをそっと抜け出し、この部屋を出て行く。
 合鍵は彼からもらったハンカチに包んでドアのポストに落とした。


 始発の新幹線に乗って帰ると決めていた。

 夜の闇に見送られたくなかったから……。
 窓に映る自分の顔が涙でぼやけていくのを見たくなかった。


 もう会うことなど二度とないのだろう。


 新幹線のドアが閉まって動き出したら

『突然押し掛けてごめんなさい。迷惑でしたね。
あなたの未来に私は必要ないことに気付きました。
今まで、ありがとう。お幸せに、さようなら』

 最後のメールを送信して、彼の番号とアドレスとメールの履歴を削除する。


 私の心から、こんなふうに簡単に彼を削除出来たら、どんなにいいだろうか……。



 窓の向こうに広がる眩しい朝焼けに見送られて帰る。

 三年という月日の重みを胸に痛いほど感じながら……。


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