心の中を開く鍵
まぁ、そうだよね。

別にうちの会社が倒産するわけでもない。

熱血漢が叫びまくるような暑苦しいシーンや、重々しーいシリアスなミーティングになるはずもなく、淡々と進められるプレゼン。

翔梧は話を部下の人に任せて、さっきから黙ってこちら側で用意したレジュメを眺めて……それから眉をひそめた?

持参していたカバンからプラスチックのケースを出し、そこから取り出した眼鏡をかけてから、またレジュメを見ている。

……視力が悪くなったのかな。真剣な表情に内心で首を傾げた。

翔梧はタブレットで何か検索して、それをそのまま何も言わずに部下の一人に手渡す。

「ああ……やっぱり気づかれたわね」

唐沢さんの呟きに彼女を見ると、とても可愛らしいけれど、困った笑顔を向けられた。

「顧問にね。イタズラしかけろって指示されちゃってね?」

「……は?」

困った顔を見合わせていたら、高野商材側の営業さんから訂正が入る。

数値の訂正をする横で翔梧が眼鏡を外し、耳にかける部分を口元に当てながらレジュメを眺め……呆れたように目を細めて私を見た。

いや。それは私の仕業じゃないから!

私は真面目に、ちゃんとレジュメを作成したし、昨日の帰りにチェックもしたから!

あれ……。でも、いつ数値を書き換えられたんだろう? まさかの今朝とか?

思わず笑顔がひきつるのが自分でも解って、翔梧の視線が唐沢さんに移り……最後に顧問を見て肩を竦める。

「あら。犯人もバレたわね」

そんなことを言いながらも秘書らしく、完璧な控えめ笑顔を絶やさない唐沢さんを眺めつくづく思う。

相談役顧問って、そんなにお茶目なんだ?

接点がなかったから解らなかったけれど、ビジネスで悪戯はどうかと思っちゃうんだけど。

余裕があるって言うか……。

それでも何事もなかったかのようにミーティングは終わり、それぞれが立ち上がった。

会議室を出ていく高野商材の人や、常務たちをお見送りする中、顧問が笑いながら翔梧に近づき、立ち止まらせると談笑を始めた。

それを視界の端に入れながら、茶器を片付けて会議室を後にする。

……まぁ、確かに“課長である”翔梧と、“普段の”翔梧は違うんだな。

思えば、大学生時代の翔梧しか覚えていない。
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