心の中を開く鍵
「どなたか。久住常務の所在は解りますか?」

たまに主任の言葉は端的すぎで困る時が多いけど、手帳を取り出しながら振り返る。

「久住常務でしたら、鳥井物産の町谷専務とランチミーティングの予定です。すでにレストランに着いている時刻ですね。倉橋さんが同行しているはずですが」

「倉橋さんか……」

滅多に表情を変えない主任が、微かに渋い顔をしている。

これは何かあったかな。そう思って観月さんと顔を見合わせたら、彼女も何かに気がついた。

「そういえば。先程、高野商材の営業部長がお見えになっていましたね。久住常務とのお約束は無かったかと思いましたが」

彼女の言葉に葛西主任は重々しく頷く。

「先方はお約束したつもりのようです。あの方は少々強引ですから、どこまて“きちんとした”お約束か解り兼ねますが」

つまりはダブルブッキングか。

話を聞いていた秘書課の全員が、重役たちのスケジュールを頭の中で整理する。

「長野室長でしたら、30分程度の空きがあります」

「篠井専務でしたら、14時までお手隙のはずです」

次々に上がる声に、私も片手を上げる。

「恐らく商用でしょう。羽賀部長でしたらスケジュールを調整すれば……」

その言葉に主任は頷いた。

「羽賀部長が適任ですね。お願いしてきますので、調整お任せします」

主任が素早くドアの向こうに消えて、一同ほっとした。

羽賀部長は叩き上げの営業部長。
話の解らない人ではないけれど、スケジューリングには細かいから、お願いしにいくのは苦手な人も多い。

葛西主任が行ってくれるのは、とても助かる。
< 5 / 87 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop