一夜くんとのアヤマチ。
#2:「…『一夜くん』でいいです」
私は記憶力がどちらかというと悪い方で、人の名前を覚えることはできても、漢字で書けと言われるとなかなか書けない。

「えっと…」

烏間高校の保健室では「担当日誌」というものを書くという制度があり、その日保健室に来た人の名前と、その日保健室での業務を担当した教員(私と先輩の二人だけだから、書かなくてもいいと思うのだが…)の名前を書かなければいけない。なので…。

「『鴨城』…ちょっと待って、何か違う…」

鴫城先輩ならびに鴫城くんの字を「鴨城」と書き間違えてしまうことがしばしば。ボールペンで書いているので、そのたびに修正テープを使うことになる。

そして何よりの問題は、「鴨城」という字を見過ぎているせいか、たまに名前を「鴨城」と呼んでしまうことだ。

「か…鴫城先輩、これ、置いておきますね」
「ふふっ、もしかして、今ちょっと間違えた?」
「すみません…」
「謝らないでもいいのよ。『鴨城』って、よく呼ばれるし」

そんな私のおっちょこちょいが、事態を動かすことになるなんて、一体誰が想像できただろう…。

いつものように帰ろうとしていた時。

「先生」

校門前で私を呼び止める声。振り返ると、鴫城くんがいた。

「あっ、か…鴫城くん。一緒に帰る?」

一緒に帰ることになったのだが、名前を呼ぶ度、「鴫城くん」と呼んでしまう。そんな私に呆れたのか、鴫城くんは驚くべきことを口にした。

「…俺のこと、『一夜くん』でいいです」
「えっ?」
「だから…『一夜くん』でいいです。…いや、そうやって呼んで下さい」
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