オフィス・ラブ #∞【SS集】
ひざに乗って楽しそうにしていたと説明すると、よくそうしていたんだと夫婦は切なそうに、懐かしそうに言って。
ものすごい勢いで水を飲んでいたことを話すと、生前は、呼吸器の関係で、いわゆる一気飲みが困難だったことを教えてくれた。
「憧れてたんでしょうね」
「もしかして、それでやっと天国に行けたのかしら」
夫妻が、目じりに涙を見せながら笑いあう。
いえ、おそらく、と新庄さんが控えめに声を発した。
「僕が、帰るよう言ったら、突然車を飛び出したので」
家に、向かってるんじゃないでしょうか。
一瞬ぽかんとした奥さんは、こらえきれないというように、涙をこぼして。
慌ててそれを拭うと、迎えてあげなくちゃ、と旦那さんをせかして車を出させた。
私たちは、花の横にペットボトルの水を供えて、手を合わせて、帰ってきた。
新庄さんも何か思い出しているんだろう、手を握ったり開いたりして考えこんでいる。
無理もない、彼は実際にあの子を、そのひざに抱いていたのだ。
「名前、聞けばよかったな」
本当にそうだ。
不思議さに圧倒されて、それすら思いつかなかった。
また、あっちのほうへ行くことがあったら、あの道を通ってみよう。
会えなくても、誰かが想っていることが伝われば、彼女もさみしくないだろう。
いかにも全身に愛を受けて育った雰囲気の彼女の笑顔は、思い出すだけで心が温まる。
「私も、抱っこしたかったなあ」
小さい子なんて、相手する機会がない。
新庄さんは、少し困ったように笑って、グラスに口をつけた。
「意外と重かったよ」
あと、という声と氷の音が重なる。
「夏の匂いがした」
Fin.
──────────
thanks : 美奈様
ものすごい勢いで水を飲んでいたことを話すと、生前は、呼吸器の関係で、いわゆる一気飲みが困難だったことを教えてくれた。
「憧れてたんでしょうね」
「もしかして、それでやっと天国に行けたのかしら」
夫妻が、目じりに涙を見せながら笑いあう。
いえ、おそらく、と新庄さんが控えめに声を発した。
「僕が、帰るよう言ったら、突然車を飛び出したので」
家に、向かってるんじゃないでしょうか。
一瞬ぽかんとした奥さんは、こらえきれないというように、涙をこぼして。
慌ててそれを拭うと、迎えてあげなくちゃ、と旦那さんをせかして車を出させた。
私たちは、花の横にペットボトルの水を供えて、手を合わせて、帰ってきた。
新庄さんも何か思い出しているんだろう、手を握ったり開いたりして考えこんでいる。
無理もない、彼は実際にあの子を、そのひざに抱いていたのだ。
「名前、聞けばよかったな」
本当にそうだ。
不思議さに圧倒されて、それすら思いつかなかった。
また、あっちのほうへ行くことがあったら、あの道を通ってみよう。
会えなくても、誰かが想っていることが伝われば、彼女もさみしくないだろう。
いかにも全身に愛を受けて育った雰囲気の彼女の笑顔は、思い出すだけで心が温まる。
「私も、抱っこしたかったなあ」
小さい子なんて、相手する機会がない。
新庄さんは、少し困ったように笑って、グラスに口をつけた。
「意外と重かったよ」
あと、という声と氷の音が重なる。
「夏の匂いがした」
Fin.
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thanks : 美奈様