冴えない彼は私の許婚

追加されたデータ

開発室まで戻ると廊下まで玲美ちゃんが騒いで居る声が聞こえた。
どうしたのかな?
恭之助さんと顔を見合わせて首を傾げる。
扉を開け部屋に入ろうとすると玲美ちゃんの声が飛んでくる。

「先輩❢」

「な、なに?」

驚いて後退りする私を構わず恭之助さんは席に戻って行く。

「先輩、これ!これ凄いです!!」

玲美ちゃんの持っている物は先程私が部長と九龍さんに渡した明日のプレゼンの資料だった。
九龍さんが見せたんだ?

「うん、一応部長に太鼓判押してもらえたからホッとしてる」

「そりゃーこれだけの物を作れば太鼓判押しますよ?」と頷いている。

「ちょっとコストがかかる事になっちゃったけど良いものが出来たと想う」と言って自分の席に着く。

「えっ?コストって先輩ホストクラブでも行ってテストしたんですか?」

「はぁ?ホストクラブ?玲美ちゃん何言ってるの?」

「試作品のデータ取る為にコストかかるって言ったら、ホストクラブじゃなくて何処にキスしに行ったんですか?」

キスしに行った?
私は慌てて自分の持ってる資料に目を通す。

「えーな、何これ?!」

ガッシャン
驚いて大きな声を上げ活きよいよく立ち上がったせいで椅子が倒れた。

「おい!騒がしいぞ!?」と九龍さんに注意される。

「すいません…」と謝り小さくなる。

その資料には恭之助さんとしたキスの回数や角度、それから時間まで事細かく記したデータが入っていた。
私、こんなの入れてない。
どうして…
恭之助さんを見ても素知らぬ顔をしていつもどおり仕事をしている。
あっ今朝早く出勤した時に恭之助さんが入れたんだ…
どうしよう?
プレゼンには各開発課からリーダーや開発者、勿論社長を始めとする上層部の人達が出席する。
こんな資料だしたら会社中の噂になってしまう。
こんなのプレゼンに出せるわけ無い!

「先輩、仕事に命かけてますね?」と玲美ちゃんは感心する。

いやいや命なんかかけてないし、かけません!
こんなの困る。
何とかしないと…
私は九龍さんの席まで行く。

「九龍さん、この資料なんですがこのデータを間違って入れてしまったので抜かせて下さい」

「ん?どういう事だ?データが間違っているのか?」九龍さんは顔をしかめて聞く。

「いえ…あのデータは間違ってないです…」

そうデータは間違っていない。
確かにこれだけのキスをした。

「なら問題はないな?」と九龍さんは自分の仕事をする。

「いえ、このデータは必要ないかと思うんですけど?」

「何言ってる?このデータがあるから部長も太鼓判を押したんだ。データに間違いがないならこのままで行く」

「……」

私は肩を落として自分の席に戻ると頭を机の上に落とす。
ダメか…
お昼になって玲美ちゃんがランチに誘ってくれたけど食欲なんてないから断った。
ため息を付いているとコーヒーが置かれた。
顔を上げると恭之助さんだった。

「恭之助…葉瀬さん酷い!」

「アハハごめん、ごめん」

恭之助さんは謝っているけど全然悪いと思っていないだろう。

「あれがあった方が説得力があると思ってね?せっかく試したんだからさ」と嬉しそうに話す。

「にしてもあんなに事細かく」私は恭之助さんを睨んで口を尖らせる。だが、いくら恭之助さん睨んだところで彼にはつうようしないようだ。

「データは細く出さなくちゃ意味がないんだよ?」

恭之助さんは急に真面目な顔をして話す。

「どんなにいい物を作っても実際使わなくては分からない。ましてや口紅は女性が男性の為に付けるもの、まぁまれに男も付けるがね?そうなるとキスのデータは必須だ。せっかく差咲良が苦労して作ったものを無駄には出来ない。俺がこれまで作った物より素晴らしい物だと思うし、俺はこれを世に出したい」

「葉瀬さん…」

「あのデータを変な目で見る奴はいないよ?心配するな」と私の頭をポンと叩いてくれた。

「それから飯はちゃんと食えよ」とサンドウィッチを置いてくれた。

私の好きなエビとアボカドのサンドウィッチ

「わざわざ買いに行ってくれたの?」

「お礼はこれで良いよチュッ」とキスをする。

「もう、恭之助さん!」

会社ではダメって言ったのに…

「この続きは今夜な」とウインクして席へ戻って行く。

17時 終業時間になると帰る支度をする。
プレゼンの準備も済んてるし今日は残業する事もない。

「先輩プレゼンの準備も終わってる事だし、今からクラブで弾けましょうよ、ね?」玲美ちゃんからお誘いがかかる。

「ごめんやめとくって言うかクラブはもう卒業する」

「えーどうしてですか?」玲美ちゃんは目を丸くして驚いている。
まぁそうだろう。今までの私なら玲美ちゃんの誘いを断らなかった。
でも…今は…クラブで楽しく過ごすより、恭之助さんと居たい。

「うん…まぁ色々ありまして…」と苦笑する。

「色々ってなんですか?」と玲美ちゃんはしつこく食い下がってくる。

困っていると木ノ下君が助け舟を出してくれた。

「玲美ちゃんクレラントホテルのディナーチケットが有るんだけど行かない?」

「えっ?クレラントホテル?あそこ夜景が綺麗で凄く人気なんだよ?なんで一郎太が持ってるの?」

「ちょっと伝が合ってね?」

木ノ下君は私の方にウインクして玲美ちゃんを連れて退社して行った。
木ノ下君ありがとう。
私も帰ろう。

「お疲れ様でした」

更衣室で帰る支度をして廊下に出ると「差咲良さん!」と声が掛かる。

「はい、何でしょう?」

「差咲良さん明日のプレゼン出るんだよね?良かったら少し飲みに行かない?俺、何度かプレゼン出てるから参考になる話出来ると思うからさ?」と言う。

誰?この人?
一度も話した事ないけど…
プレゼンと言うからには開発課の人だと思うけど?
どこの課の人だろう?

「あの…私、明日に備えて帰って資料の確認をしたいので…」

「だからさ、色々教えてあげるよ!行こう」と私の肩に手を掛ける。

いや!触らないで!恭之助さん以外の男の人の手がこんなにも不快に思うなんて…
手を払い除けようとしたら肩から手が離れた。

「なんだお前?」彼は苛ついたように言う。

手を払い除けてくれたのは恭之助さんだった。

「差咲良さん明日の事で、少し打ち合わせしたいんだけど?」と言って廊下を歩いて行く。

「あっはい分かりました。すぐ行きます」

恭之助さんに返事をして「失礼します」とその場を離れる。
私は恭之助さんを追いかけて行くとエレベーターは開いていて恭之助さんがボタンを押して待っていてくれた。
私がエレベーターに乗り込むと直ぐにドアを閉められた。
恭之助さんなんか怒ってる?

「葉瀬さん?…」
私の呼び掛けにも恭之助さんはなにも答えてくれない。
私は不安なまま恭之助さんの車に乗る。そして恭之助さんは無言のまま車に乗り込み発進させる。

「恭之助さんなにか怒ってる?」

恭之助さんは前を向いたまま何も喋らない。

「ねぇ?話してくれないと分かんないよ!?」と少し怒って言う。

「なんであんな奴に触らせるんだ?」

「え?」

「碧海は俺のものだ!クソ!」とハンドルを叩く。

「恭之助さんヤキモチ焼いてるの?」

恭之助さんは何も言わない。
私は恭之助さんがヤキモチ焼いてくれた事に嬉しくなる。

「私が好きなのは恭之助さんだけだよ?」

「碧海、指輪を会社ではめとくの無理か?」

「え?」

恭之助さんに外したらダメだと言われたけど私は指輪をしていない。

「ごめんなさい…あまりにも大きなダイヤだから会社には…」

「そうだな…ちょっと邪魔になるか…よし!もう1つ今から買いに行こう!」

えっ嘘…

「恭之助さんエンゲージリングは1つでいいよ?」

「エンゲージリングじゃない虫除けを買うんだ!」と言って車をUターンさせて表参道へ走り出した。

邪魔にならないようにと小さなピンクダイヤが埋め込まれたリングを「これなら邪魔にならないだろ?」とプレゼントしてくれた。








< 25 / 34 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop