それだけが、たったひとつの願い

5.本物のキス

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 季節は過ぎて三月になったけれど、卒業式を間近に控えたこの時期になっても結局私の就職は決まらないままだった。
 四月からはバイトを増やしつつ、引き続き就職活動をする予定だけれど、どうやらしばらくはフリーター決定だ。

 ジンは出演した台湾のドラマが話題になり、急激に仕事のオファーが増えて忙しくなった。
 もちろん全部の仕事を受けるわけではなく、ショウさんがそれを選別しているらしい。

 イメージ確立のためか、テレビはバラエティー番組のオファーは断り、インタビューでのVTR出演にとどまっているのだと甲さんが教えてくれた。

 そんな事情もあってジンがふらりとこのマンションに現れることはめっきり減り、ここ三週間ほどはまったく姿を見ていない。

 私とジンの微妙な関係は、あれから進展はなかった。
 “微妙”だと思っているのは私だけで、ジンはあの夜のキスなんてもう忘れているのかもしれない。

 私も忘れて、なかったことにしてしまえば胸の中もすっきりする。
 きっとあれは単なる気まぐれだったのだから気にしないでおこうと自分に言い聞かせるけれど、この厄介な感情はなかなかコントロールできないでいる。

 だから今は考えることを放棄してしまっていた。

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