without you
それは、久遠社長へ仕事を依頼するメールではなく、私を他企業へ引き抜く、勧誘のメールだった。

元料理研究家だったこの私が、社長秘書として、他企業で働かないかと誘われるなんて。
嘘みたいだけど、紛れもなく本当の話、なのよね。

私は笑いそうになってしまった口元を、慌てて引き締めた。
ここにいるのは私一人だけど、一人でいるのに笑うっていうのも・・・別の意味で寂しい。
それにここは社内だし。
誰かに見られる可能性はほとんどないけど、社内で一人笑っちゃうと、余計寂しさが増す気がする。

さて、どうしようかと思ったのは、ほんの一瞬だけだった。
私の気持ちは、すでに固まってる。

ついさっきまで、「ここは辞めどきだ」と思っていたはずのに。
私は、迷うことなく断りのメールを返信した。

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