それからの食事はとても楽しいものだった。
 すっかり安心した燈子は、酔った勢いも手伝って、いつもと同じに喋(はしゃ)いで笑った。

「にしても、
 社長…ヒトシさんは、何で1度食事をするだけの私に、ここまで?しかも…」

 留守の間に社長室に忍び込んでいたアヤしい女に、だ。
 

 三鷹社長は、少し照れくさそうに微笑んだ。
「マイ・フェア・レディって映画、知ってる?」

「マイフェア…?」

「知らないだろうね、古い映画さ。
 一流の紳士達が、掛けをしたんだ。田舎の花売り娘を、一流のレディに仕立てられるかどうか。
 今朝の君を見て、ふと思い出したんだ」

 『田舎娘』か。何だか妙に納得…

 フムフムと頷く燈子に、彼は、少年のように無邪気に目を輝かせた。

「懐かしいな。まだ学生の頃の話だ。
 住んでいた街に古い小さなリバイバルばかりやってる映画館があってね。
 バイトして、食費を切り詰めては、足しげく通ってたのさ」

「ええっ、社…ヒトシさんが、そんな?」

 違うよ、と彼は渋い顔で笑った。

「これでも苦学生だったんだ。敷かれたレールの上を歩くのが嫌でね。
 黙って決めた進学先に猛反対されて。
 父に、親子の縁を切られてしまった」

「へえ…」
「…懐かしいな。
 そういえばあの頃、私を支えてくれたのがまだ若かった妻だった。
 いいとこのお嬢さんなのに、そうとは思えないほど素朴でね。
 自分は何もできないからって、私が何をやっても “すごい、すごい” って褒めてくれてね。
 ちょうど今の君のように。

 親の決めた相手だったから、はじめこそ冷たくあしらってしまったが…
 最後に、父と私の仲を取り持ってくれたのも彼女。必死になって泣いて一生を一緒にいたいって、思ったんだ…
 
 それが、何でこうなってしまったのか…」

 ふと呟いた彼の横顔が、燈子にはとても淋しそうに見えた。