言葉なんて必要ないと強く抱きしめあった夜が過ぎて、珈琲の香りが鼻を掠める朝が来た。
なんで珈琲?
そう思ってごろりと寝返りを打つと、隣に慶斗が眠っていた。

「――っ」

じわりと目に涙が滲んだのは、悲しいからじゃない。

本当に隣に彼が居るからだ。
離れていた時間が、案外私の中で強がっていただけで寂しい空白の時間だったらしい。

理想は、そう。
こんな風に朝、同じベッドで、隣で彼が眠ってくれているということだ。

思わず胸に抱きついたら、むにゃむにゃと眠たそうな顔で抱き返してくれた。

「おはよう、美春」
「うん。おはよう」

ポンポンと頭を撫でられて、猫の様に擦り寄る。

「珈琲の良い匂いがする」


昨日、引っ越したばかりの慶斗の家に、雪崩込むように二人で上がった。
よく見れば、壁に数箱の段ボールと、真新しい四人掛けのテーブル、そしてベットという閑散とした部屋だった。