『お前に仕事をやる。ついて来い』

偶然、車に轢かれそうになっていた私を助けてくれた男性にそう言われ、流されるまま、私はその人の後ろをついて歩いている。

彼の背中を追いかけながら、ふと、色々なことを思い出す。

そういえば、私この人の名前とか、聞いていない。

そもそも、仕事をやる、って一体どんな仕事なの!?

ま、まさか、カラダを売るとかそんな仕事じゃないよね……!?

サァー、っと顔の血の気が引いていくのを感じる。

何やってんのよ、私。

三十手前でこんな男に騙されようとしているだなんて。

……いや、待てよ。

まだ、目的地には到着していないんだから、今からでもお断りは出来るはず。

うん、ちゃんと断って、この場から逃げ去ろう。

「あ、あのっ!」

「ん?」

私は一歩前を進む背中に呼びかける。

「わ、私っ、そんなに可愛くないし。っていうか自信とか全然ありませんし」

「は?」

「だ、だからっ。そういうの、無理だと思うんですよね……」

「いや、だから何が?」

私の意図がわからないようで、彼は首をかしげた。

「やっぱり私、いくら仕事がなくても自分のカラダを売ることだけはできませんっ……!」

「はあああっ!? 何言ってんだ、お前はバカか」

「え?」

「あのなぁ。俺がそういう関係のスカウトマンにでも見えたのかよ……ったく」

そういって、ポケットから一枚の名刺を取りだす。

「ん」

「ありがとうございます」

差し出された名刺を咄嗟に受け取り、見つめる。

「香月化粧品マーケティング部広報室長、白井航(しらい わたる)さん……」

「で、お前の名前は?」

そうだった。白井さんだけじゃない、私だって自己紹介していないや。

「今日付けで名刺は使えませんが。桐原琴乃です」

ペコリ、頭を下げる。