人がせわしなく行き交い、ざわざわとした話し声が絶え間なく空間を満たしていた。
 時折、携帯電話の軽やかな電子音や、ドンという重い荷物の落下音がアクセントになって、これから始まるお芝居への期待を否が応でも高めていく。
「アイツ、昨日は眠れたのかな?」
 私の隣で高木さんがつぶやくように言った。
 それとなく周囲を見渡してから、私も小声で答える。
「たぶん」
「そっか。少し安心した」
 高木さんは照れたように後頭部に手を回し、頭をかいた。
 マネージャーの彼が優輝のことを心配するのは当然だけど、まるで兄のように本気で心配していたのだとわかり、なぜか嬉しくなる私。今まで他人が他人を思いやる場面を見ても嬉しくなることなんか一度もなかったのに、ちょっと不思議な感覚だった。
 西永さんと打ち合わせをしている優輝を遠目に眺める。するとわざとらしく優輝に密着している姫野明日香が目に入ってきた。あれも役作りの一環なのだろうか。それにしてはベタベタしすぎのような気もするが、優輝はまんざらでもない様子で楽しそうに笑っている。
 確かに明日香さんはかわいい。笑顔がキラキラしていて、それを目にしただけで打ちのめされた気分になる。
 やっぱり誰だって24時間仏頂面の女子よりは、笑顔のかわいい女子と一緒にいたいと願うはず。
 ついため息が漏れた。
 それに渋い低音ボイスが重なる。
「これはまたかわいらしいお嬢さんだね。はじめまして」
 いつの間にか私の隣に初老の男性が立っていた。その人の顔を見て、私は驚きのあまり声を上げた。
「笠間(かさま)さん!」
「おお、私の名前を知っているとは嬉しいね」
 知っているも何も、私が幼い頃はドラマに引っ張りだこで、母が大好きだった俳優だ。その本人が私の目の前にいるのだから驚きを通り越し、軽く興奮を覚える。
「母が笠間さんの大ファンでした」
「ほう。『でした』ということは、今は守岡くんあたりに乗り換えたんだろうね。いやいや、いいんだ。でも若い頃は守岡くんに負けていなかったと自負しているがね」
 穏やかな笑顔の笠間さんを見ていられなくてうつむく。
「笠間さん、僕の悪口は僕がいないところで言ってください」
 自分のつま先に落とした視線をおそるおそる上げた。打ち合わせをしていたはずの優輝がゆっくりと私のほうへ近づいてくる。
「守岡くんは地獄耳だな」