どうしてほしいの、この僕に
 え、どういうこと? 柚鈴には明日香さんの気持ちがわかるの?
 目をみはる私にニッと笑って見せると柚鈴は腕を組んだ。
「じゃ、犯人は別にいるのか。やっぱり未莉の会社の新人くんがあやしいんじゃない?」
 意外な人物が候補にあがった。
「いや、でも、どうやって?」
「それはわかんないけど、こういうのってだいたい『この人はありえない』と思われる人が犯人なんだよ」
 柚鈴は人差し指を振りかざして力説した。
「柚鈴、もしかしてミステリーにはまっている?」
「イエス!!」
 そ、そっか。そういう見方もあるのか。
 考えてみれば、事故発生時、スタジオに友広くんがいなかったという確証はない。実際、現場には多数の人間が出入りしているから、彼が変装して紛れ込んでいても気がつかない可能性は高い。
 ——でも仕事は? 休んだのかな?
 ——それに私があの現場に向かうことをどうやって知った?
 やっぱり柚鈴の意見はちょっと無理がある気がするけど——念のため、明日会社に行ったらそれとなく確認してみよう。
 物思いを振り払うようにグラスを手に取り、一気にビールを飲み干した。

「ただいまーっと。……誰もいないか。ま、いいや」
 ひとりごとを言いながらマンションの部屋のドアを開ける。
「あー今日は久しぶりに飲んだなー。もうシャワー浴びて寝よう」
 ふらふらと廊下を進む。
「あれ? 私、電気消すの忘れて出かけたかな?」
 リビングルームの明かりがついているのを訝しく思うが、それもすぐにどうでもよくなる。
 それよりなにより早くふとんの海にダイブしたい。バスルームの前でコートを脱ぎ捨て、ついでに鬱陶しかったストッキングを下ろす。
「いい眺めだな」
 突然、背後から聞こえたその声に飛び上がらんばかりに驚いた。
 振り返ると、薄く笑みを浮かべた優輝がリビングルームの戸口に立っていた。
「な、な、なんで?」
「退院した」
「うそでしょ!?」
「もう寝ている必要ないし、病院の飯は飽きた」
 いやいやいや、だとしても早すぎるでしょ。骨は大丈夫なの、骨は!
 スカートの裾を何度も下に引っ張る。ばっちり下着を見られた後に、こんなことしても意味ないとわかっているんだけどね。
「とりあえず脱げば? シャワー浴びるんだろ?」
 目を細めた優輝が極上の笑みを私に向ける。
「あ、うん」
「手伝ってやろうか?」
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