どうしてほしいの、この僕に
 それはそうですよ。でも、私がここにいるのを知っているくせに、腰にタオル巻いただけの姿で廊下をうろつくのはダメでしょう!
「困ります!」
「誰が?」
「私が」
「なんで?」
「み、見たくないからです」
「ふーん。じゃあ見なきゃいいだろ」
 あ、そうか。……じゃない!
「ダメです! 見たくなくても目に入るから困ります」
「まぁ、その主張は正しいな」
 そうでしょう。そうでしょう。
 フェアなところもあるんだな、と優輝を少し見直したときだった。
「じゃあ、慣れろ」
「……はい? 今、なんと?」
「だから」
 なんだか優輝の声が背後に近づいてきた気がする。嫌な予感がするけど、それはきっと気のせい……。
 そんな祈りにも似た私の想いはあっさりと踏みにじられる。
 頑なに顔を覆い隠す私の手を、優輝がそっとつかんだ。風呂上がりのせいで優輝の手が熱い。その熱を次の瞬間、私は身体全体で知ることになる。
「慣れろよ。しばらくここ以外に行くところないんだろ?」
 優輝の腕の中で聞いたそのセリフは、とろけるように甘くて、心を食い尽くしそうな不安までも溶かしていく。まもなく胸の内側で何かが爆(は)ぜた。
 頭上でクスッと笑う声がした。
「やっぱり泣いた」
「泣いてなんか……ない」
 私はウソつきだ。涙が次から次へとあふれて止まらない。
「大丈夫。もう大丈夫だから」
 優輝の大きな手が私の頭を撫でた。まるで子どもをあやすような手つきだけど、それが心地よくて、つい封じ込めていた想いをすべて解放したい衝動にかられる。
 ダメだよ。だって違うもの。これはただの慰めだから……。
 そうやって勘違いしないようにがんばっていたのに。
「未莉には俺がついている。だから好きなだけ泣いていい」
 このダメ押しのせいで、私はしゃくり上げるまでみっともなく泣いた。今だけならきっと許される、そう信じて——。
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