どうしてほしいの、この僕に
 そう考えるとこれは本当に恋人関係と呼べるのだろうか。やっぱりからかわれているだけなのかも。
 だからこんな曖昧な状態でキスより先に進んでしまうのはよくないと思う。
 ここまで来てはじめてわかったけど、キスにしろ、そこから先のことにしろ、互いの気持ちが見えないままでも簡単にできてしまうし、実際の行為は強烈な刺激となって都合のいい錯覚を呼び起こしかねない。つまり私は優輝に愛されていると勘違いしそうで、それが怖くて仕方ないのだ。
 どうして優輝は私を恋人にすると言い出したんだろう。それって結局、私の身体が目的なんだろうか。私じゃなくても、突然押しかけてきた女の子を家に居候させて、恋人にしたんだろうか。
 優輝の考えていることが全然わからない。
 頭の中はあれこれ考えていてせわしなかったが、手は順調に無駄なく動き、定番のグリーンサラダとベーコンとたまごやきができあがった。リンゴの皮をむいていると優輝がバスルームから出てくる音がした。我ながら最高のタイミング。
「いいにおいだな。腹減った」
 声がするほうを見ると、下着姿の優輝がバスタオルで髪をゴシゴシ拭いていた。慌てて目をそらし、ソファの着替えを手に取る。
「食べていてくださいね。私、シャワーを先に……」
 廊下へ向かおうとしたが、優輝に腕をつかまれて仕方なく振り返った。彼の髪はまだ濡れていて、前髪が目を覆うほど長い。その隙間から鋭い視線が私をとらえた。
「冷めるぞ」
「でも……」
「じゃあ俺も未莉がシャワー終わるまで待つ」
「冷めちゃいますよ」
「一緒に食べよう」
 私はぎこちなく頷いた。拒否する理由がないし、それは私にとってものすごく魅惑的な誘いだった。
「その前に」
 と、突然優輝が私の腕を強く引いた。あごに彼の長い指がかかり、上を向かされた瞬間、唇同士が触れる。
「未莉を食べたい」
「わ、私は食べものじゃないし、おいしくないです」
「それは試してみないとわからない」
「い、いや、だから、朝食が冷めちゃうのでダメです」
 私は腕を突っ張り、優輝の胸に密着するのを阻止した。彼の二の腕から肩、そして胸にかけて、しなやかで逞しい筋肉がついている。抱きしめられたらそこは温かくて、これ以上ないほど安心できる場所だということも知っている。
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