「誰って……友広くんのこと?」
 そう言った途端、腕が強く引っ張られる。優輝の顔が間近に迫り、心臓がドキッと跳ねた。
「アイツに何かされた?」
「何もされていない」
「シャツの襟を直してもらったんだろ?」
 さらに顔がぐっと近づいた。
 そりゃシャツの襟を直されたとき、私としたことが隙を見せてしまった、と反省したんですよ、一応。だけど、もとをただせば、あれは優輝のせいなのに。
 でも「優輝が私の耳を舐めるからあんなことになったんだ」なんて訴えるのもばかばかしいし、耳を舐められたくらいで動揺した私が悪いと言われたら反撃できないし。
 返事をせずにいたせいで、優輝の怒りを無駄に増幅させてしまったらしく、気がつけば彼の眉間には深い皺が刻まれている。
 私はますます困惑した。会社で最後に言葉を交わしたときは爽やかな笑顔だったのに、どうしてこうなるの——?
「怒っている?」
「怒ってはいない」
「嘘だ。機嫌悪いもの」
「あの男、気に入らない。未莉のそばにいると思うだけでむかつく」
 優輝につかまれた腕がきりきりと痛む。
「そんなこと言っても仕事だし仕方ないでしょう」
「仕事中なら何をされても仕方ないのかよ」
「そういう意味じゃない……っていうか、腕痛い」
 優輝の手を振りほどこうと腕を左右にねじってみたけど、彼は力を緩めるどころか血管を圧迫するように握りしめ、おまけに鼻がくっつきそうなくらい顔を寄せてくる。
 身を引き気味にしながら優輝の目を覗き込むと、彼の口角が上がって意地悪い笑みの形になった。
「じゃあ教えて」
「えっ、な、何を?」
「未莉の好きな人」
 ——は? 今、友広くんの話だったよね? なんで突然そういう質問になるわけ?
 目の前のきれいな瞳に、視線だけでなく意識や心までもが吸い込まれていく。私の頭の中では心臓の音が鳴り響き、呼吸をするたび胸がぎゅっと縮むように軋んだ。
「い、言えない」
「どうして?」
「なんで私が先に言わないといけないの? まずはそっちからどうぞ」
 そう言い返すと胸のつかえが取れたように気持ちが楽になった。目を閉じて、ふうっと息を吐く。
 次の瞬間、顎を上向きにされたかと思うと、強引に唇をふさがれた。すぐに唇をこじ開けるようにして彼の舌が侵入してくる。後頭部に手をあてがわれ、さらに口づけが深くなると、侵入者は口内を遠慮なく蹂躙し始めた。