【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

新しい命の誕生

 顔を寄せ、魔導師としての可能性を見せたアオイの頬へと優しい口づけを落とすキュリオ。
 当の赤子の表情は"?"となっていたが、キュリオの微笑みにつられ嬉しそうに笑っているのが見えた。

「……、キュリオ……」

 言いかけたダルドだが、キュリオは彼女の将来を夢に見るように幸せそうな笑みを浮かべており、とてもじゃないがそれを壊すようなことを言えるような気分にはなれなかった。
 キュリオの傍で多く人の世を学んだダルドは不安を口にすることなく言葉を飲み込む。

「彼女に魔導師としての素質があるのなら私が色々教えてやれる。
この子は優しい子だ。きっと治癒の力を中心とした魔法が使えるようになる」

「きゃぁっ」

「…………」

(……きっと大丈夫、キュリオが傍にいるから……)

 ダルドは自分にそう言い聞かせ、ざわめく魔導書と自身の心に渦巻く小さな嵐から目を背けた。

「……僕、花の色をみてくる」

 言うが早いがキュリオへ背を向けたダルドは、バッグから取り出した水晶へ視線を落としながら庭へと続く扉に手をかける。

「すまないね。戻ったらお茶にしよう」

「うん……」

 頷いたダルドは背にキュリオの声を聞きながら真っ直ぐに中庭へと向かう。

「あの花で間違いない」

 視線の先で穏やかな風に身を揺らしながら光を浴びて輝くそれに懐かしさが込み上げて目を細める。
 愛されるために生まれてきたような華凛で小さなそれへキュリオがアオイを重ねるのも無理はない。頬を染めてキュリオと笑い合う彼女のあどけない表情は、それこそ花が咲いたような笑顔そのものだったからだ。

(アオイ姫の髪の色と似てる……)

 より良い色を出そうとグラデーションがかった水晶を砕いては求める色を追うダルド。

「アオイ姫に似合うように……もう少し淡い色がいい」

 極限まで花の色に近づけようと懸命に水晶を研いで日へ翳(かざ)していた彼だが、いつのまにか贈られる少女を思い浮かべながらの作業に夢中になっていた。足元に転がる花弁の試作品の数がダルドの尋常ではない集中力を物語っている。

と、すると――

――キィィィン――……

「……!」

 人では聞き取れないほどの高音域の金属が奏でる美しい音色が響いた――。


「この音は……カイの剣が誕生したかな?」

 膝で大人しく座っているアオイの指先に己の手を這わせていたキュリオが窓を眺めながら呟いた。

「?」

 瞬きしながらキュリオを見上げたアオイは、彼の視線を追って辺りをキョロキョロと見回している。

「……やっぱり見習い剣士の剣は早い」

 ダルドは大した喜びを見せることなく作りかけの髪飾りを柔らかい布で包むと、それを大事そうにバッグへとしまう。
 中庭を出て城へと続く扉へ向かうと、そこにはアオイを抱いたキュリオが立っていた。

「カイの剣が完成したようだね」

 新しい命を得た魔導書は産声をあげるかのように光輝き続け、まるで鼓動を打つようにその光には強弱がある。

「うん。いつ渡す?」

「明日の朝だ。
ダルド、是非君にも立ち会ってほしい」

「……わかった。
生れ出たばかりの剣、磨いてくる」

 ただの昇格に沿った武具の授受ならばダルドが立ち会う必要はなく、いつもとは違う何かを感じ取った彼は与えられた仕事に全力を尽くすべく、あっというまに森のほうへ駆けて行ってしまった。

 彼が人として過ごすようになってからというもの、不便で仕方のなかったその手足はすぐにダルドのいうことを聞くようになり、急速に馴染んでいった。
 加えてダルドの手先は洗練されたどの鍛冶屋(スィデラス)よりも極めて優秀で、さらに魔導書を扱えるとなればその可能性は無限大となる。おそらくまだ成長過程にある彼を見守るのはキュリオの楽しみともいえた。

「ふふっ、アオイの法具はどんなものだろうね」

(きっと美しく清らかな杖(ロッド)に違いない……)

 心躍るキュリオはアオイを日の光にかざすように持ち上げる。すると溢れんばかりの彼女の微笑みが心地良く降ってきた。

「きゃぁっ」

 下に見える美しい王の顔に触れようと、幼い手がキュリオの目の前をヒラヒラと掠める。

「私は本当にお前が可愛い。
その小さな手はまるで花と戯れる紋白蝶(モンシロチョウ)のように見えるよ」

(――花の次は蝶の髪飾りを作ってもらうのも良いかもしれないな)

 と、彼女に贈るもので真剣に悩んでいるキュリオの姿はこれから先もよく目撃されるのであった――。
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