課長の瞳で凍死します ~伊勢編~
 同じ状況なら、私でも課長に声かけますけど。

 用がなくても、と雅喜が真湖が熱がっているのに気づいて、缶にハンカチを巻いてくれるのを見ながら思う。

 いや、他人なら、声をかける勇気はないかもっ。

 見知らぬこんな格好いい人に声をかけるとかっ。

 駅で他人な課長と出会ったときには、どうしたらいいのだろう、という、この先、絶対、起こり得ない状況を想定しながら、真湖は、五十鈴川にかかる宇治橋を見つめていた。

 やがて、後ろから溜息が聞こえてきた。

「……沢田、妄想はもういいか」
と言われる。

「はい、課長……」

 すみませんでした……。

 雅喜の後をついて橋を渡りながら、沢田、課長、では、なにやら職場に居るようだ、とは思っていたのだが、まあ、家でもこれだしな、と思う。

 川を吹き渡る涼やかな風に顔を上げると、雅喜も同じように川の上流とその先を見つめていた。

 気持ちのよい風のせいか、開放感がある。

 なんか……やっぱり来てよかったな、と真湖は微笑んだ。



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