3ヶ月だけのママ~友達が妊娠した17才の夏~

「こんにちはー」


 中に入ると受付の人が声をかけてくれた。

 病院の中は暖色の壁紙でやわらかい絨毯が敷いていある。
 待合室にある椅子はゆったりとしたソファーで、そこに座っている人たちは私のイメージと違った。

 やっぱり患者さんは女性ばかりだったけど、白髪の混じったお母さんよりも年上の女性とか、お母さんに付き添われた制服姿の女の子とか、もちろん子連れの妊婦さんとか想像通りの人もいたけど、イメージと違う。

 絶対、私たちなんて浮いて変な目で見られるものだと思って覚悟してきたのに、拍子抜けだった。

 千奈美が受け付けに保険証を出して問診表を受け取っている。

 私自身は診察を受けないから、手持ち無沙汰に受け付けの周囲に置かれている冊子や張られているポスターに目をやる。

 二十歳になったら子宮がん検診を受けましょうっていうポスターや、更年期障害について書かれた冊子。
 生理痛とか月経前症候群っていうのも診てますとも書いてある。
 タイミング療法とかの不妊治療も。

 産婦人科なんて、妊娠した人しか来ない場所かと思ってたけど、女性なら誰でも来る場所なんだ。

 当たり前といえば当たり前だけど、目からウロコが落ちた気分だった。
 私も生理痛が酷いときあるし、ついでに診てもらってもよかったかな。

 千奈美が問診表を書くためにソファーに移動して、私も隣に腰掛ける。

 ゆったりとした音楽が流れる向こうで、赤ちゃんの泣く声が聞こえてくる。
 待合室の一角にあるキッズスペースでは、幼稚園に入る前ぐらいの子が遊んでいた。

 私は待合室のなかをゆったりと眺めることが出来たけど、千奈美は問診表に鼻がくっつきそうなほど顔を近づけている。
 まるで顔を隠してるみたい。

 どきどき問診表に書き込む手を止めて、鼻をすすっていた。

 産婦人科なんだから、問診表にはそういうデリケートなことも書いてあるんだと思う。
 夏樹くんのことを思い出しているのかもしれない。
 それとも、赤ちゃんのことを思ってるのかな?

 大丈夫だよ、千奈美はなんにも悪いことはしてない。
 後悔することはいっぱいあるかもしれないけど、それでもこうしてちゃんと勇気を持って来たんだから。

 そっと、丸まった千奈美の背中を撫でると、涙ぐんだ目で私に微笑み返してくれた。

 側にいることしか出来ないけど、側にいることは出来るから。

 今ここにいるのは、きっと千奈美にとって本意じゃない。
 これからどんな選択をしても、これは千奈美にとって望まない妊娠だった。

 さっき見た、不妊治療の文字がちらつく。

 赤ちゃんが欲しくて欲しくてたまらない人のところに赤ちゃんがこなくて、赤ちゃんを授かっても産む選択が出来ないかもしれない人のところに赤ちゃんが来る。

 神様は間違えてしまったのかな、それとも試しているのかな。

 神様が本当にいるなら、きっと赤ちゃんの未来もなんでもお見通しなんだ。
 その上で、全ての運命を決めている。

 本当は神様なんて信じてるわけじゃないのに、信じてしまいたくなる。

 赤ちゃんを中絶した啓子。
 そうなることも理解した上で赤ちゃんが来たんだったら、きっと楽になれるから。

 命の尊さとか、そういうことを伝えるために来てくれたんだって、思えるから。

 勝手な感傷だと分かっていても、あの日見た啓子の姿からそう願わずにいられなかった。
 そして、これからどんな選択をしてもきっと苦難な道になるだろう千奈美のためにも。

 問診表を書き終えて受付に渡した千奈美と座って待っていると、ほどなくして診察室から千奈美を呼ぶ声が聞こえた。


「はい……!」


 千奈美が立ち上がり、診察室に入っていく。
< 30 / 63 >

この作品をシェア

pagetop