長い夜には手をとって


 むせ返るような新緑。空と海の境界線がわからないほどのブルー。それから、いくつも重なったピンクやオレンジの、夕空。雨粒の光るガラス窓。親子が戯れる浜辺。誰かの手や後姿。人気のない路地裏。雨上がりにベランダに干された傘。動物の足跡。それらは全部、その時伊織君が感じただろう湿度や風や、匂いなんかも一緒に切り取られているようだった。

 少なくとも私は感じた。ひんやりした風やふっとくる匂いを、写真から。

 世界がいつもとは違った表情をみせたような感覚だった。

 ページをめくる手がとまらない。お気に入りなんだなあと判る写真は綺麗に貼り付けてあったから、それをじいっと見たりした。

「俺は風景を撮るのが好きで。先生も褒めて認めてくれるから、旅行雑誌の仕事なんかを回してくれるんだ。最近は雑誌の方から指名も貰えるようになってきて」

「そうか、だからよく旅に出るんだねー」

 私は写真達から目を離さずに頷く。

 写真として出来がいいのかどうか、そんなことは私には判らない。技術がどうのって知識もない。ただ、この目で見るものとして、いいなあ!好きだなあ!と思った。

 優しくて柔らかい光で満ちた写真。モノクロなのに、その花びらの色まで判ってしまいそうな写真。

 こんな光景を、この人はカメラ越しに見ているんだな、って。

 ワインで温められた体がさらに熱くなる。ふわふわ~っとした喜びが、私の全身を染め出す。

 いいなあ、と思った。

 心の底から。




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