ドメスティック・ラブ
7.恋愛未満の伏線

 どちらかと言うと、恋愛のプライオリティーは低い方なんだといつからか思い始めてた。

「しまっちの事は可愛いと思ってるんだ」

 私の目の前。レモンスライスの浮かんだアイスティーのグラスは、中身が残り半分以下まで減っている。何を言えばいいのか分からなくて、とりあえず何度もストローに口をつけてちびちびと吸っていたらあっという間にこの量になってしまった。完全にグラスを空けてしまったら余計に手持ち無沙汰になるので、これ以上減らすのは危険だ。
 対して目の前の相手のアイスコーヒーは、運ばれてきた時から殆ど手付かずだった。ストローを手にしてはいるものの、落ちつかない様子で時折グラスをかき混ぜるだけで、彼はそれが飲み物だという事すら忘れているのかもしれない。浮かんだ氷が溶け始めて、ミルクを混ぜたコーヒーの上に少し透明な層を作っている。思い出した様にストローを動かすとそれが混ざって消える。その繰り返し。運ばれてきた時より、きっと味が薄くなっているだろう。

「しまっちが入って来た時からそれは変わらないし、だから何が悪いとかそういう訳じゃないんだけど……」

 つい先日まで彼は私の事を『千晶』と呼んでいた。無意識なのか意図的なのか、いつの間にか呼び方が元に戻っている。『しまちゃん』『しまっち』から『千晶』に変わって、そして今また再び『しまっち』。分かりやすい。
 ここまで分かりやすいんだからはっきり言ってくれたらいいのに、何でこんな言い訳めいた感じで外堀から埋めようとするんだろう。別れ話だって事くらい、今更私にだって分かっている。さすがにそこまで鈍くない。
 回りくどい話の持って行き方をするのは私を気遣ってなのか、自分が悪役にならない方法を模索している為か。まあ多分両方。
 別に彼と何か揉めた訳じゃない。お互い浮気した訳でもない。
 ただ、向こうから付き合おうと言ってきたにも関わらず、たった二ヶ月足らずで私がフラれそうになっているだけだ。

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