不埒なドクターの誘惑カルテ
第三章 恋心募らせて
 第三章 恋心募らせて
 
 考えないようにしていても、やっぱり考えてしまう……それがきっと人を好きになるってことだと思う。

 それも今までの人生で経験した思いとは違う、誰に対しても感じた気持ちとは違う。きっと心のどこかでストップをかけているから、そう思うのだ。私は自分にそういいきかせていた。

 忙しい一週間を終えて家路につく。週末はお気に入りの入浴剤を入れてバスタイムを楽しむことにしている私は、どの入浴剤を使うか考えながらビルの自動ドアをくぐった。

「お疲れ様」

 不意に後ろから声をかけられ、振り向くとそこには束崎先生が立っていた。

「お、お疲れ様です」

 驚いたけれど、足を止めることなく挨拶だけをした。しかしそんな私の隣で先生は、そのまま話かけてくる。

「いやーあっついな。もう帰るなら一緒に飲みにいかないか?」

 ついこの間、私が言ったことを覚えてないのだろうか? 

 私がげんなりして足を止めると、ふと街路樹の陰で争う男女の姿が目に入った。あれは……。

「どうかした?」

「あれって、ビルの総合受付の女性ですよね?」

 たしか、川城さんと先生が呼んでいた。

 あきらかに嫌がる彼女に、男性がいいよっているように見える。

「何やってるんだっ!」

 その様子を目撃するやいなや、先生はふたりに向かって走り出していた。なにがなんだかわけもわからず、それでも私も一緒に後に続いた。

「茉優、あの男はストーカーだ。すぐに警察に電話して」

「あ、はいっ!」

 先生がふたりの間に割って入るのを見て、私は足をとめすぐにバッグからスマートフォンを取り出した。

 しかし状況が悪いと判断したストーカー男が、私の横をすり抜けた。
 
 あ、逃げちゃう。
 
 そう思った私は、咄嗟に相手を追いかけていた。バッグを投げだし、ヒールを履いていることも忘れて、はじかれたようにスタートを切っていた。
 
 街を行き交う人は、全力疾走をする私に驚いていたけれど、そんなこと気にしていられない。私は目の前を走る男をただ夢中で追いかけていた。
 
 しかし相手も必死だ。距離は縮まっていたけれど、追いつくのは難しいかもしれない。とっさに手にもっていたスマートフォンを男に向けて投げつけた。
 

 思い切り投げたそれは、見事に男の頭に命中した。それに驚いた男の体が傾いて、通路に置いてあったゴミ箱に引っかかる。


 大きな音を立てて、男がゴミ箱とともにひっくり返る。周りにいた人が何事かと様子を身守る中、私の横を束崎先生が走り抜け男のもとに駆け寄ると、相手を押さえつけた。

「茉優、警察っ!」

 先生は自分のポケットからスマートフォンを取り出すと、私に差し出した。私のスマホは犯人の横に無残に転がっている。

「あ、はい」

 私は【緊急】のボタンを押して、急いで警察に連絡をした。
 



 
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