あなたしか見えないわけじゃない
この後、病棟に顔を出したら終わりだからというイケメンドクターと病院近くの公園で待ち合わせをした。

私の住むアパートと彼のマンションは病院を挟んで反対側にある。
病院の西に徒歩10分に私。東に徒歩15分がイケメンドクター。

イケメンドクターの希望でマンションに行く前に近くの和食店で夕食を食べる。
食事中も海や魚の話で盛り上がり、気まずくなることもなかった。

案内されたイケメンドクターの部屋はかなり広いワンルーム。
大きめのデスクと本棚、ベッドとローテーブル、そして壁際に水槽。さっぱりとした印象の部屋だ。

「どうぞ、近くで見て」

イケメンドクターに促されて水槽の前に立つ。

80センチ程だろうか。
ミニサイズの海底がそこにあった。
色とりどりの海水魚。
石や海草が配置され、循環装置なのかポンプ音がしてひらひらとサンゴが揺れている。
ライトアップされておりかなり幻想的だ。

吸い込まれるようにじっと無言で見つめてしまっていた。

「どうかな?」
私の背後にいたイケメンドクターが水槽の前にいた私の隣に立った。
その途端に魚達がわらわらと水槽の右側前方に集まってきた。
明らかに彼の前に集まってきている。

「すごい」

私が水槽の前に立っても魚達に変化はなかった。
飼い主である彼を魚が認識しているとしか思えない。

彼が餌をパラパラとまくと魚達は一層活発になり踊るように餌を口にしていた。

「きれい」

「喜んでくれた?」
イケメンドクターは笑顔をみせた。

「はい。予想以上です。本当に素敵。しばらく見ていてもいいですか?」

半分以上の海水魚の名前もわからない。ゆらゆら揺れているのはサンゴなんだかイソギンチャクなんだかもわからない。どう違うのかも知らないけど、その水槽はとにかく私を魅了した。

「もちろんだよ。ああでも、この部屋にソファーはないんだ。だから、デスクのチェアーに座ってて。僕はコーヒーを淹れてくる」

水槽は床から90センチ位の棚の上に設置されていて床に敷かれたラグに座ってしまうと眺めるには高すぎる。

「先生はいつもどこから眺めているんですか?」

「ん」と少し言いにくそうにした。
「デスクで仕事をしながら……とベッドからだね」

あ、そ、そうか。
ワンルームにダブルベッド。
余分な事を言ってしまった。

意識しないようにしていたベッドの存在が大きくなる。
気軽にひとり暮らしの男性の部屋に上がるだなんて、私は何て考え無しのバカ女なんだろう。

それと同時に『うちの水槽を見においで』はイケメンドクターの口説き文句なんだろうなと思った。
何人の女性がこの部屋に招かれ、あのベッドに入ったのだろう。
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