副社長、と話しかけようとした時、ノックの音が響いた。

「失礼いたします。お連れ様のご気分はいかがでしょうか。予約されましたお料理はどういたしましょう」
とお店の女将が声をかけてきたのだ。

副社長は私の顔を見た。
「早希さん、無理しなくていいですよ」
そう言ってくれるけど、副社長に夕食を抜いてもらうわけにはいかないし、社長が予約してくれたお料理を無駄にするわけにはいかない。

「いえ、たくさんは食べられないかもしれませんが、有難くいただきます」
そう答えた。
そもそも体調が悪かったわけではなく、副社長の顔を見て衝撃を受けただけ。
ただ、まだ胸がいっぱいで食欲はない。

「では、早速お出しいたしますね」
女将が出て行くとまた二人きりになる。

「無理はしなくていいから」
副社長は軽く触れていた私の手から自分の手を離した。
恥ずかしかったはずなのに、離されてしまうとさみしさの方が強く感じる。

「・・・とりあえず食事をしようか。俺はあちらに用意された席に戻るけど、もう逃げないでね」と言いながら私の隣から正面の席に移動した。

私は少し微笑んで頷いた。

初めは緊張して食欲がなかったけど、あまりの美味しさに食欲も回復して料理を堪能することができた。
副社長も食事中、あの夜の事には触れることがなくもっぱら話題は社長の事や仕事、私の知っている上司の話や雑談だった。

更に私のプライベートに踏み込んだ話にならずにほっとした。
見合いならともかく、合コンのようにまだ親しくないような人にずかずかとプライベートな質問をされるのは以前から苦手だった。

副社長は終始穏やかな笑顔だった。
副社長のその雰囲気と少しのお酒、美味しい料理のおかげで私は恥ずかしいながらも次第に副社長の顔を正面から見られるようになっていた。

あの夜はまともに見られなかったけど、こうしてみるとやはり副社長は怖いくらい整った顔立ちをしていた。
女子社員が騒ぐはずだ。
今、二人きりで食事をしていることが信じられない。
いや、そもそもあの夜のことが信じられない。