マドンナリリーの花言葉


 その夜、ディルクは厩を訪れていた。彼の愛馬であるディナは、彼が来た当初嬉しそうに鼻を鳴らしていたが、彼の意識が自分のほうを向いていないのを素早く察知し、鼻息を荒くしていた。


「ああ、悪い。ディナ」


馬の首のあたりを撫でながら、ディルクは現在頭を冷やしているところだ。
認めたくもないが、認めざるを得ない。

ディルクは確かにローゼに見とれていた。
小さな顔にすっと通った鼻。ぱっちりした瞳が潤んで彼を見上げてくる。そのまま抱きしめたいと思ってしまったことをもう誤魔化せはしなかった。


「よりによって、なんで彼女なんだ」


パウラ夫人に似た女性。咲き立つような美貌。メイド服の時さえ隠しきれなかった美しさは、あんなドレスを身に着ければ開花しないわけがない。

だが、ディルクが心惹かれたのはそこだけではない。
ローゼといると、安心するのだ。

パウラ夫人との密会の時、ディルクの心はいつも不思議な感じに湧きたった。
聖母のような顔をして何を考えているのか分からない、天使なのか悪魔なのかと、彼女を目にするといつも感じる。それは、一歩間違えたらどん底にはまるような恐ろしさを常にディルクに感じさせていた。

しかしローゼといるときは全く違う。
同じ顔の女性といるというのに、全く相反する感情を抱くのだ。

感じたことをそのまま伝え、ごめんなさいと言いながら自分の気持ちを伝えに来る。
いつも必死で、生き方が拙い。その拙さがディルクには愛おしかった。


「彼女の告白を断っておいて、今更……?」


呟きに、ディナが不快そうに鼻を鳴らした。


「ああ、悪い悪い、ディナ」


しかしすぐにディルクの脳内にはローゼが戻ってきてしまう。


「俺はバカか……。本当に今更だ」


彼の舌打ちは、馬たちの呼吸に紛れて消えていった。


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