愛され婚~契約妻ですが、御曹司に甘やかされてます~

「変な男に勝手に惚れて、挙げ句に振られて、帰って来るなりビィビィ泣き出すなんてな。俺様というものがありながら、どうしてそんなことになってるんだ」

あなたはその『変な男』の部類には入らないのか。彼の話にはツッコミどころが満載だ。
母から勝手に貰った鍵で、堂々と私の部屋に帰ってくる、その神経のほうがよほど変だろう。付き合っているわけでもないのに。
しかも今日の出来事を話した私を、慰めるどころかバカにしたような目で見るならば、あれこれと詮索しないでほしいと切に願う。
確かに海斗に話したお陰で、多少気が晴れたのは事実だけれど。

「海斗はもう、自分の部屋に帰ってよ。今日くらいは、私をひとりにして。今夜は思い切り泣きたい気分なの!」

「お前はなんて冷たいんだ。雨が降ってきてるのに、俺をここから追い出すつもりか。信じられない!愛する男になんて仕打ちだ。俺はお前の救世主さまだぞ!」

わざとらしく大げさに驚いた顔をする彼を、再び睨んだ。

「アホなことを言わないでよ。なにが『愛する男』よ!傘なら持って行ってもいいから。今すぐに出て行ってよ。救ってほしいだなんて頼んでないから」

先ほどから、とんちんかんなことばかり言っている彼は長澤海斗。私、有森瑠衣とは同郷の幼なじみで、私たちは共に二十八歳だ。
海斗とは小さなころから、いつも一緒に過ごしてきた。今もその関係は変わってはいない。
そんな私たちの実家は、向かい合わせに建っていて、昔からやたらと仲が良い。
田んぼと畑しかない田舎で、子供の数も極端に少なかったため、遊ぶ相手はいつも海斗しかいなかった。
親同士は、同級生で仲の良い私と海斗を結婚させようと、私たちが生まれたときに勝手に決めたそうだ。小さな頃からそう言われ続けてきたけど、私は本気で冗談だと思っていた。だが社会人になってから、ようやく親たちが本気なんだと気づいた。結婚に向けてのいろんなことを、具体的に話し合い始めたからだ。
昔は聞き流していたが、今になって私がいくら抵抗しても、両家の家族が全員乗り気だから、誰にも聞き入れてもらえないのだ。

だが私は、昔から女の子との噂が絶えない彼を、好きだと思ったことなどない。友達としてはもちろん、大切だと思っているけれど。
私の中ではいわば、兄のような位置づけだ。

確かに彼は、その端麗な容姿からやたらとモテてきた。だけど本当は、いつも自分が一番だと思い、他人を見下している。海斗の中身が、実は女性にだらしなくて最悪なことを知っているのは、この世の中で私くらいではないだろうか。

今もおそらく、私と結婚するとか言いながらも、海斗には付き合っている人が三人はいるだろう。もちろん、本気ではないはずだ。
それを私に隠す素振りすら見せないのだから、彼が言う通り、海斗も私を好きなわけではない。
彼女たちからの電話には私の目の前でも平気で出るし、ホテルから女性と出てくるところを偶然見かけたこともある。
そのときは隠れるどころか、逆に明るく声をかけてきたのだ。自分のしていることがおかしいだなんて、彼はまったく思ってはいない。
私の理想は、海斗とは正反対の、誠実で落ち着いた人。
海斗のようなタイプは、絶対に好きにはなれない。

お互いに大学に入ったときから都会に出てきて、二駅離れた部屋に住む彼は、三日に一度は私が住むこの部屋にいる。
彼の会社が自分のアパートよりも、ここに近いせいだ。
両親たちは、私たちがすでに付き合っていると、都合よく思っている。いくら否定しても『今さら照れなくてもいいから。ムフフ』などと言って勘違いしている。

「しょっちゅうここに来るくらいなら、会社の近くに部屋を借り直しなさいよ。私の部屋を都合よく使わないで。海斗がいつもここにいるせいで、未だに私には彼氏ができないのよ、きっと。だからお母さんたちにも誤解されてるの」

国内大手の建築住建メーカーに勤める海斗は、昔から頭が良かった。私が入った三流大学とはケタ違いの、一流大学に入り、そのままエリート街道まっしぐら。
彼の華やかな経歴に、誰よりも喜んだのは私の両親だった。



< 2 / 184 >

この作品をシェア

pagetop