愛され婚~契約妻ですが、御曹司に甘やかされてます~
「ファスナーを閉めてほしいんだけど」

彼女に言われて、そっとその背中に手を伸ばす。

だが、滑らかで白い肌があまりにも綺麗で、思わず首筋に触れる。
それは指に吸い付くような感触だった。

「くすぐったい……」

身体を捩る彼女の後ろ首に、そのままそっと口づけた。

「奏多さん……」

鏡の中の彼女がそっと目を閉じる。
かわいくて、たまらない気持ちになる。

そのままキスがしたくなり、彼女の身体をこちらに向けようとした瞬間、俺は彼女のドレスの裾を踏んでしまい、バランスを崩した。

「きゃ」
「うわ!」

抱き合うようになりながら一緒にひっくり返り、彼女が俺の上に乗った形で着地した。

「ごっごめんなさい!すぐにどくから。重いよね、どうしよう」
「いや……」

謝ってゴソゴソしながらも、彼女はドレスのスカートに足を取られて動けずにいる。
俺の腹の上で焦る様子を、俺はじっと見ていた。

立ち上がろうとしながらも、すぐにまた元の体勢に戻る彼女を見上げながら、またしても可笑しくなってきた。

「ぶっ……ふふふ」

俺が笑うと、彼女も次第に笑いだす。

「笑わないで……。ふふっ」

「あははは」

彼女が俺の身体に馬乗りになったまま、ふたりで再び大笑いをした。背中のファスナーも開いたままだ。

「奏多さま。いかがですか」

そのときドアが開き、伊吹が顔を出した。

「こっ……これは、なにを」

伊吹の様子に、控えていた者たちが全員で顔を出す。

「いや、違うんだ。誤解しないでくれよ。変なことをしていたわけじゃないからね。そうは言っても、ちょっとどう見ても誤解されそうな図になってるけど。はははっ」

瑠衣の下で、あお向けに寝そべったまま言う。

「やめてよ。そんなことを言うと、余計に変じゃない。だけど確かに、ちょっと……。ふふっ」

なんともいえない体勢で笑い続ける俺たちを、皆は唖然としながら見ていた。

ふたりきりで過ごした、フィッティングルームでの僅かな時間に、ふたりの距離は一気に縮まったように思う。

初めて見る俺の様子に、おそらくその場に居合わせた、俺の側近全員が信じたはずだ。
俺と瑠衣が、心から愛し合っているのだと。




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