「行こうフェリクス」

「はっ」

部屋を出ようとしたとき、柔らかなラベンダー色のドレスに身を包んだ女性が廊下の奥からやってきた。
ふたつ年上の姉、シャンテルだ。

緩やかにウェーブのかかった黒髪。
色はセシルと同じだが、女性らしく整えられている。
年が上であるだけに、どことなく優雅さと気品を兼ね備えていて、セシルよりもずっと艶めかしく見える。

「……セシル。いってらっしゃい」

「お姉様。今は『アデル』だよ」

「セシルはセシルだわ。アデルとは違うのよ」

シャンテルはかわいい妹・セシルの額をツンと突いたあと、頭をそっと撫でた。

「ごめんなさいね。いつまでもこんな役まわりをさせてしまって……」

セシルがアデルの姿を取る度に、シャンテルは苦しそうな顔をする。
それは大切な妹にこんな役目を与えてしまったことに対する、罪の意識だろう。
できることなら代わってやりたいなどと思っているのかもしれないが、この大役は今や十八歳にもなるシャンテルには不可能だ。

シャンテルがいつまで経っても嫁入りを決めないのは、自分だけが幸せになるわけにはいかないと考えているからだ。
そしてそれをセシル自身も気づいていた。姉の優しさが、嬉しくも痛い。

「お姉様。そんな顔しないで。私は大丈夫よ」

「本当にごめんなさい。セシル」

「……いってきます」

短い別れを済ませた後、セシルとフェリクスは屋敷を出た。
大勢の使用人に見送られて、馬車へと乗り込む。

明日の朝、宮廷にて爵位を持つ名家を集めた会合が開かれる。
今や床に伏せている父・セドリック・ローズベリー伯爵の代理として、次女のセシル――いや、長男の『アデル』は、右腕である政務官フェリクスとともに、一路王都へと向かうのだった。