いつか、らせん階段で
思い出はシトラスの香り
尚也と知り合ったのは5年半前。
その頃尚也は24才。研修医だった。私は22才。1年目のナース。しばらくして尚也がアメリカ留学に行く直前まで2年程付き合っていた。

お互いに不規則な勤務でゆっくり会う時間なんてなかった。それでも会いたくてお互いの部屋で仮眠を取りながら相手を待ったりしていた。

ろくにデートなどもしたことがない。
普通の恋人同士とは言えなかったかもしれない。
それでも、尚也といると癒された。尚也の笑顔が好きだった。

部屋のテレビでふたりで夜中にコーヒー片手に見る映画。
いつもふたりともエンディング前にそのままふたり折り重なるように眠ってしまい、リビングのラグの上で目を覚ます。

私のボディーソープのシトラスの香りが好きだと言ってよくお風呂あがりに私を後ろ抱きにしてクンクンと首の後ろの匂いを嗅いでいた。
くすぐったいし、恥ずかしいからやめてと言ってもやめない尚也が私に甘えているようで可愛かった。

寒い冬の日に鍋料理の買い物をして、尚也の部屋に行くと先に帰っていた尚也が鍋料理の準備をしていて「考えることは同じだね」って笑った。

そんな日がずっと続くと思っていたわけじゃない。
いずれ尚也が遠くに行ってしまうのは知っていたから。

付き合い始めた頃から留学するのは知っていた。
でも、心のどこかで「待っててほしい」と言ってくれるんじゃないかと思っていた。
できることなら付いていきたかった。

そんな私の想いが尚也に通じる事はなかった。

留学まであと3ヶ月という頃、尚也と一緒にいる時に尚也の実家から電話がかかってきた。

私をチラッと見て背中を向けたから、聞かれたくない話なんだとすぐにわかった。
お財布を持ってコンビニに行くねと目で合図した。
尚也も頷いていた。

「ああ、見た。わかってる。いいよ、任せる」
と言っているのが玄関ドアが閉まる前に耳に入った。
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