God bless you!~第6話「その手袋と、運命の女神」・・・文化祭
おっはよぅ♪
もう衣替えでもいいんじゃないか?
そう思うくらいに、今朝はグッと冷え込んだ。
駅から学校までの真っ直ぐな歩道は、そのほとんどが双浜生で埋められている。
朝からジャージ姿あり、早くもブレザー姿あり、なんちゃって制服も、どこの指定なのか長いカーディガンも……これでも全てが双浜生なのかと、その背中を不思議に眺めた。
この気温に、大体が手をポケットに埋めながら行くのだが、こっちは右手に相棒(アクエリアス1,5リットル)、ちょうど誰かのラインが来たので左手にスマホを取り出し、結果どちらの手も剥き出しである。
そんな真横を、ぴゅーっと風を起こして、自転車が何台も通り過ぎた。
それが見覚えのある先輩なら、こっちは、そこそこまともな挨拶を繰り出してかわす。たまに後輩がやってきて、俺に向かって同じように、そこそこまともな挨拶を繰り出して通り過ぎる。
「おはようございまーす。通りまーす」
自転車で通り過ぎたその後輩女子に見覚えがあった。
確か、あれが〝寺島さん〟。俺とは、姉妹共に中学から一緒だ。どちらかというと、お姉さんの方が目立つ存在で、妹よりも記憶に残りやすかった。
寺島さんは、その先に仲間を見つけたようで、自転車から1度降りると、「学校まで持ったげるよ」と、その仲間の荷物を載せた。見ていると、なかなか真面目そうな雰囲気で好感が持てる。
だが、どうしても俺は黒川と同じ目線で、その女子を見る事が出来ない。
〝後輩ヤリマン〟と称してどこか俺を舐めてかかるバレー部後輩は別として、その他後輩が俺を見る目つきと言えば、おおよそが〝敬遠〟。
生徒会をやってるせいで、お堅いイメージがあるのかもしれない。こちらからの好意、あるいは下心といった類の邪気などは決して寄せ付けないバリアを感じる。万が一、怪しい目線を送ったりなんかしたら、〝沢村先輩の本性見た!真面目な振りして見せて実は!?〟とばかりに、ジキルとハイドの如く二重人格の烙印を押されてしまう気がして……こっちも引いてしまう。
そこに、
「おっはよ」
誰だか同輩女子がやってきて、無邪気に俺の腕を取った。彼氏でもないのに、こういう事を何の抵抗も無くやってのけるのは、お馴染み目立つ女子グループの誰かに決まっている。こっちはもう馴れっこなので、見向きもしない代わりに、目くじらも立てないけど。
「あー、今日も元気だな」
いつものように軽~るく、あしらって、俺は相棒をラッパ飲みした。
この種の女子はいつも軽く貼り付いてくれるけど、これが原因で〝沢村先輩には彼女がいるらしいよ〟と噂になり、それで俺に彼女ができなかった場合はどう責任取るんだ?と言いたくなる。
スマホをポケットに収めて、斜め掛けの荷物を逆に持ちかえた。こうすればスポーツバッグが邪魔になって歩きづらくなり、そのうち離れていく筈だ。これも、いつもの事である。
「沢村くん、おっはよぅ♪ってばよ」
その瞬間。
俺は思わず立ち止まり、後ろから来ていた先輩自転車に「邪魔だ」と軽く睨まれた。そこそこの会釈も何も忘れ、俺はその目の前の光景に……というか真下の景色に取り憑かれる。邪魔なスポーツバッグを物ともせず、今も俺の腕にぶら下がるように掴まっている。
右川カズミ?
「もうすぐ中間テストだねぇ。せんせ♪」
大きな違和感と、良からぬ予感がして、「何だよ。気持ちの悪い」
俺はその手を振り払った。
何を企んでいるのか。今度はニコニコと買収か。その手には乗らないぞ。
「もう英語がぁ、分っかんなくてさぁ。今日の放課後って、時間あるぅ?」
「無い無い。俺って、ちょー忙しいから。5組の関係はノリに聞いた方が」
すると右川はスポーツバッグを無邪気に引っ張りながら、
「やだぁ♪あたしぃ~、沢村せんせーと、お勉強したいのぉ♪」
ギョッと驚くと同時に、そこら辺の双浜生が一斉にピクリと反応。
たまたま通りがかった自転車の同輩もその足を止める。そいつは右川をジッと見て、「何だ、チビ太郎じゃねーか」と、あざ笑い、またペダルに足を掛けて先を急いだ。そこに偶然通りがかった先輩も後輩も、誰もがクスクスと笑いながら通り過ぎる。
周りの淡白な反応にホッとしていると、そんな周囲の反応に逆らうように右川は、「お勉強♪お勉強♪」と高らかに歌い出した。
その声があんまり大きくて、遠ざかり始めた周りが、また俺達に注目し始める。
「ちょ、やめろって」
「だーかーらー♪放課後のお勉強だってばぁ。沢村せんせ♪」
目的を遂げるまで、右川が一歩も譲らない気がして、「わ、わかった。わかったから、それじゃ放課後な」と、ここは気休めに受け入れてみたけど。
しかし、受け入れがたいその態度は何だ?気持ちの悪い。
まだまだ俺の腕に貼り付いたまま、右川はニッコリ笑うと、
「沢村せんせ、いつもありがとねぇ♪今度も頼りにしてるからねん」
……俺は頭がおかしくなってしまったのか。
あるいは、まだ眠りの中。学校に向かう途中の夢を見ているのか。この世に生を受けて17年。ここまで無邪気に女子からすり寄られた事は今まで1度も……あった。あったな。いくらかは。
このチビの場合、嬉しいとか照れ臭いより、どうにも違和感が拭えない。
違和感は、その態度だけではなかった。
「おまえ……その手、どうしたの」
右川は、両手に手袋を嵌めている。
それは冬の毛糸ではなく、白いビニールの……まるでこれから手術を行う外科医の如く、スマートな白いゴム手袋だった。まさか昨日の切り傷がそこまで進化したのか。
右川はにっこりと笑って、「これはぁ、恋のおまじないだよ♪」と両手を広げて見せた。見ると、その手袋の手のひらには何だか複雑な図が描いてある。
いわゆる女子の好きそうなオカルト?タトゥーらしき?そんなグチャグチャ模様。何だか面倒な事だと納得してそれ以上は追及しなかったが、そのグロテスクな図柄は、見ていてあんまり気分のいい物じゃない。
片手で俺の腕を取ったまま、もう片手をヒラヒラと振り、右川は、「あってんしょんプリーズ♪」と陽気にCAアナウンスを気取り始めたが、どう見ても、鳩バスの子供ガイドがいいとこ。
そこに、遥か後ろから、ドンガラガラガラ♪永田が大声で歌う校歌が流れ聞こえてきた。思わず、縮こまるように肩をすぼめる。
右川のゴム手袋は、ギュギュッと音を発しながら、ぐいぐいと俺の腕に喰い込んだ。
「ちょ、離せって!」
「何で?」
「だって、永田に見られたら」
大喜びで何を突かれるか分からない。
何度振り払っても、それでも右川の手は離れなかった。
離れるどころか俺の相棒ごと、その腕をしっかりと掴んで、「むん♪」
「だから離せって!」
まるで甘えるみたいに、右川は俺の肩を撫でる。
100パーセント不快感で、こっちは睨み返した。一体、どういうつもりだ。
ドンガラガラガラ♪永田が、自転車に乗って賑々しく登場。
見ると、自転車の後ろにはあの(未だ至らず?)後輩彼女を乗せている。
ツーショットを見せびらかして自慢してやろうとドヤ顔で近寄ってきたはいいが、何故か俺達の3メートル先まで走り抜けた。そこで振り返り、はっきり俺達を2度見して、今度はその場に根が生えたように自転車は止まったまま。
「お、おまえら……」
俺はチビをぶら下げたまま、そのまま。
あ然とする永田ツーショットの真横を通り過ぎる。
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