令息の愛情は、こじらせ女子を抱きしめる ー。
神の贈りもの。
 「愛してるよ・・・。」
この夜。彼は幾度となく私に愛を告げて、その胸に強く抱いた ー。
 愛する男(ひと)に愛されている世界一の幸せ者がここに居る・・・。


 今日のパリは連日の長雨が嘘のように見事に晴れ渡り、鳥達がまるで澄み切った空を祝福しているかのように声高らかに鳴き青空を羽ばたいていた。
 「ごめんなさい・・・っ!お待たせっ!」
 午前11時 ー。彼は、いつものように自慢の愛車でパリ郊外にあるアパルトマンまで私を迎えに来てくれた。
 「おはよう。君はもともと綺麗だけど、時間をかけてより美しさに磨きをかけていたんだろう?・・・うん。今日も、かわいい!」
 彼は、遅刻した私を叱るどころか笑顔を浮かべて上機嫌だ。それでも私は苦笑いして彼に謝る。
 「ごめんねっ、いつも・・・っ。」
 分が悪そうに謝る私の様子をどうしてか、彼は楽しそうに眺めていた。そして、わたしの失態であるにもかかわらず、なぜか彼がウィットの効いたセリフでフォローしてくれる・・・。
 「いや、俺は気が利かなかったね。君の時計に合わせるべきだったよ。なにしろ、パーティーで美女は最後に登場するものだから・・・。」
 美女とは程遠い私を、いつもお姫様気分にさせてくれる彼。女の子が憧れるシンデレラストーリーを叶えてくれる、私の王子様 ー。
 彼はまさしく、『テオドール』・・・フランス語で”神の贈りもの”そして、私の愛するひとの名前。
 私の恋人。”テオドール・ローラン・ベルナルド”は、29歳という若さで、今や世界でその名を知らない人はいない、創業150年のフランスの老舗ファッションブランド『sourire d'ange(スリール・ダンジュ)』の、デザイナー兼、副社長。
 パリの8区に本社を構え、シャンゼリゼ通りに本店が在る超有名ブランドの御曹司 ー。
 テオドールの恋人である、私。”佐伯華那”25歳は、子供の頃から憧れていたパリに、念願叶って約一年前からワーキングホリデーで訪れている。初めて観るパリの街は、幼い頃におとぎ話で聞いた通り、街中にメルヘンチックで、かわいらしくて、綺麗なものが溢れていた・・・。そして、見つけた。何よりも、私の心をときめかせる運命の出会い・・・。
 「フランスへ来て一年じゃあ、まだまだ、この国の魅力を知っているとは言えないよ??さて、今日は華那をどこへ連れて行ってあげようか・・・。何しろ今日は特別な日だからね・・・っ!とびきりスペシャルな一日にしよう!」
 テオドールは、そう言いながら車から降り、助手席のドアを開けて私をエスコートしてくれた。そして、彼は車の後ろに回って、トランクを開けると何やら腕に大きなものを抱えて、運転席に乗り込んだ・・・。
 「華那、誕生日おめでとう!」
 「ありがとう・・・!」
 今日は、私の25回目の誕生日 ー。
 テオドールは、私に祝福の言葉と、大きなバラの花束を贈ってくれた。
ー やっぱり。彼は、王子様だ・・・!
 数え切れないほどの深紅のバラは、少しでも体を動かすと、ゆさゆさと揺れてフワッと優雅な香りがする。その香りは私の胸のときめきを強くする。
 何よりも、彼が私の誕生日を覚えていてくれたのがとても嬉しかった・・・。私は、胸をときめかせながら、ハンドルを握るテオドールの横顔を見つめた。
 「・・・好きな女の子に、そんなに見つめられたら照れるよ。・・・でも、華那には、ずっと俺の方を向いて居てほしい。君に会えなかった二週間が気が遠くなるほど永く感じた・・・。今日は君の笑顔がたくさん見たい。」
 私と目を合わさずに、前を見て運転しているけれど、彼の目を見れば分かる。その言葉がリップサービスではないことが・・・。
 パリの青空によく似た、テオドールのスカイブルーの瞳。くっきりとした二重瞼は三日月形になり、彼の笑顔と真摯な愛情を私に伝えてくれていた・・・。
 信号待ちで、テオドールの左手がハンドルから離れた時、私は想いを込めてそっと触れてみた。すると、彼は言葉なく自然に握り返してくれた・・・。
 「ねぇ、今日はどこに連れて行ってくれるの・・・?」
 私は、少しだけ彼に甘えた感じで聞いた。
 「こんなに綺麗な青空が広がってるし。せっかく、君の誕生日なんだ・・・、今日は、パリを抜け出して遠くに行ってみよう・・・!」
 信号が青に変わりテオドールは再び両手でハンドルを握り、車のドアを少し開けて愛車を発進させた。
 「少し、窓開けたけど寒くない?」
 些細な行動でも、私を気遣ってくれる彼の優しさが嬉しい・・・。
 エアコンで暖まった車内にわずかに流れ込んでくる冬のパリの風は、肌に繊細な爽快感を与えて心地いい。
 やがて、テオドールが運転する車は、パリの街を抜けて広大な平地を疾走し始めた。そこはもう、先ほどまでの都会の喧騒が嘘のように消え去り、古きヨーロッパの情緒が漂うノスタルジックな世界に包まれていた・・・。
 通り過ぎてゆく景色の中、時折目に止まる歴史を感じさせる建物の荘厳な雰囲気に私は息を飲んで感動した。
 「すごい・・・。」
 感動のあまり声が漏れた私を見て、テオドールは嬉しそうに言った。
 「華那の楽しそうな顔や感動している姿を見ると俺は、すごく嬉しくなるんだ。俺は、ずっと君を楽しませたいし、喜ばせたい・・・。」
 テオドールと恋人になって半年あまり。彼は、まるで魔法使いのように新鮮な驚きや発見をいつも私に与えてくれる。
 私からテオドールに与えられるものは、もしかして何もないような気がする ー。
 彼を愛する、この気持ち以外は・・・。
 一流ブランドの御曹司であるテオドールとステディな関係になりたいと望む女性は星の数ほどいる・・・。彼は今まで、公私ともにそんな女性達と出会う機会が幾度もあった。財閥の令嬢、政治家の一人娘・・・。
 しかし、彼は、家柄も申し分なく才色兼備の彼女達を恋人にはせず、日本人のごく普通の女の子を愛してくれる・・・。
 テオドールからのアプローチを感じ初めた頃、私は正直。お金持ちのお坊ちゃんの気まぐれか、プレイボーイが外国から来た女の子を興味本位でからかっているだけ。そんな風に思っていた・・・。
 私は、彼からのデートの誘いや、プレゼントを片っ端から断っていた・・・。
 しかし、彼はめげずにアプローチを繰り返してきた。そして、私は思い切って本心を打ち明けた。それは・・・”どう考えても、あなたと私は釣り合わない・・・。私は、あなたの恋人になる自信がない・・・。”すると彼から予想外の答えが返ってきた ー。
 「知らない外国に一人でやってきて、ちゃんと働いて、自力で生活をしている君のような素敵な女性には、俺みたいな立場の男は、頼りなく、傲慢に見えるかもしれない・・・。けど、君に釣り合う男になれるように努力する・・・!」
 まさか、テオドールがこんな風に思っていたなんて・・・。その時から私の中で彼は、お金持ちのお坊ちゃんから、一人の誠実な男性に変わった ー。
 そして、今は。かけがえのない大切な存在として寄り添っている・・・。


 愛する人と過ごす一日は瞬きするほど早く感じる。
 テオドールと私は、ノルマンディーの水平線に溶け始めた燃えるような夕日を車内から言葉なく眺めていた。やがて、夕日が完全に沈んだことを見届けたテオドールは、静かに言葉を紡いだ。
 「そろそろ行こうか・・・。」
 私は、一呼吸置いてテオドールの方へと視線を向けた、すると彼は私が自分の方へと視線を向けるのを待っていたかのように、優しく微笑んで、私の頬に指先でそっと触れて、それから・・・キスをした ー。
 「華那にどうしてもキスしたくなった・・・。」
 辺りは次第に夕闇に包まれ、テオドールが今どんな表情をしているのかは見えなかった。甘く落ち着いた彼の声だけが二人きりの車内に響いた・・・。
 私は、テオドールの方に身を寄せて彼の肩に頭を乗せた。すると彼は、私の髪を撫でて優しく抱きしめてくれた・・・。

 
 パリに戻った私達は、オレンジ色の灯りが溢れるカフェやリストランテが軒を連ねるシャンゼリゼ通りを通って、市内の5つ星ホテルへと向かっていた。
 最上階のスイートルームは、パリ中の煌めきを一望できる夜景の絶景ポイント。満点の星空にも負けない、宝石を散りばめたような夜景が特別な夜を演出する・・・。
ー テオドールは、シャンパンにコルクスクリューを差し込むと「よく見ててね・・・!」といった感じで笑顔を浮かべた。”ポンッ!”という軽快な音とともに天井高く舞い上がったコルクは、最愛の男(ひと)と過ごすバースデーナイトの始まりの合図 ー。
 シャンパンで乾杯をして、ルームサービスでディナーを楽しみながら、他愛のない会話を交わす・・・。私達は向かい合って、互いに笑顔で見つめ合う。テーブルの真ん中には、朝、テオドールが私に贈ってくれた赤いバラがテーブルを彩っていた。一流フレンチのコースがデザートまで進んだ時、登場したのはフルーツや生クリームで、美しくデコレーションされたバースデーケーキ ー。
 「うわ・・・っ!綺麗・・・!!」
 私がケーキに感激している間に、テオドールはジャケットの中から、何かを取り出した。そして、彼は姿勢を正して椅子に座り、私の目を真っ直ぐに見つめて言った・・・。
 「華那、君は今日25歳の誕生日を迎えて・・・、人生の新しいページを更新したんだよね。」
 私の胸に経験したことのない予感が芽生えた ー。
 「これからは、俺と二人で人生のページを更新していってほしい・・・。」
 この先の彼からの言葉に私の答えはもう決まっていた ー。
 「愛してるよ。華那、俺と結婚してください。」
 「はい・・・。」

 ー 神様、私に”運命の人”という素敵な贈りものを授けてくださってありがとうございます・・・。

 部屋の灯りを落とすとスイートルームから望む夜景はより輝きを強めた。さっき、テオドールが私にプロポーズしてくれた時、彼は赤いベロアの小箱から煌めくダイヤモンドリングを取り出して、私の左手の薬指にはめてくれた。パリの夜景と共鳴するように光り輝くダイヤモンドは、薄暗い部屋の中でも強い存在感を放っていた。その光を頼りにテオドールはゆっくりと私に触れてゆく・・・。
 「愛してるよ・・・。」
 私に愛を告げて、彼は今にも溢れ出しそうな情熱を唇に込めてキスをした・・・。
 「ぅ・・・ん・・・っっ。」
 意図せず私は甘い声を漏らした・・・。すると彼は、
 「・・・かわいい。もっと、君の声を聞きたい・・・。」
 そう言ってテオドールの唇は、なだらかな螺旋を描きながら私の肌を下降していった ー。
 
 柔らかな春の海をふわふわと漂うような時間を越えてテオドールは、すっかり汗ばんだ、その胸へ私を強く抱き寄せた。尚も、
 「愛してる・・・。」
 その想いは止まない。
 私は、テオドールの熱い胸に抱かれながら、彼とともに人生を歩み始めた・・・。
 

 ー この時は、そう信じていた・・・。



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