君の心の味

「向かいに引っ越してきた貝原と申します。どうぞ宜しくお願い致します」
「こちらこそ宜しくお願いいたします。月影です。ほらぁ、陽、挨拶なさぁい。」
一階から聞こえる母の声。昨日、少し向かいが騒がしかった為、引っ越してきたのではないか、と父と母が話していたのだ。
「…月影です。」
と告げるとぺしん、と母が僕の頭を叩いて
「さっきも言った。下の名前も付けてフルネームで自己紹介しなさい。」
と僕の頭を家事とパートのせいで霜焼けになった手でくしゃ、と掴んで
「月影陽です。宜しくお願いいたします。」
と僕の代わりに挨拶した。すると、鈴のような声で
「私、貝原葵海です。宜しくね。」
と僕とそれほど年が離れていないであろう貝原さんの隣の女の子が挨拶してきた。母の手から解放されてゆっくりと顔を上げると、端正な顔立ちの女の子が立っていた。
「よ、宜しく…」
向かいということは、凡そ同じ高校に通うのだろう。彼女は終始僕の家の玄関から出ていくまでにこにこと笑っていた。上辺だけではない、心の底からの笑顔。どうやら貝原さんと母は気があったらしく、十数分立ち話をして出ていった。

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