壱 ーイチー
第2章
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壱に連れられてやってきたのは、三階建てのアパート。

古くも新しくもなく、“普通” って感じ。




「・・・入って」




ここで初めて、壱の声を聴いた。


少し低めの、心地良い声。




部屋の中は、生活感がまるでない。


壱の家だろうか。
モデルルームでも、もう少し生活感あるんじゃないだろうか。


革張りの黒いソファに座らされると、壱は台所に消えていった。

料理でもするつもり?



・・・いや、違う。捌かれるんだ!

包丁持って、私のこと捌くんだ!
で、私の肉とか内臓とか色々、調理して食べちゃうんだ・・・!




「・・・俺のこと何だと思ってんの」

「ひゃあ!?」




突如現れた壱の手には包丁・・・ではなく、マグカップが2つあった。




「・・・コーヒー。淹れちゃったけど、飲める?」

「の、飲めます・・・」




ビックリした、ほんとに。


お礼を言って、壱から白いマグカップを受け取る。

・・・ミルク入ってる。なんで私の好み分かったんだろ。




「ミルク、要らなかった?」

「ううん、違くて。なんで私の好み分かったんだろ、って」

「・・・なんとなく」




マグカップに口を付けて私から目を逸らす壱は、こうして見ると普通の男子高校生。銀髪だけど。




「・・・名前、」

「ん?」

「・・・俺、アンタの名前知らない」




あ、そうか。




「黒永 雪-マシロ- といいます」

「雪・・・」




壱に名前を呼ばれると、なんだかくすぐったい。




「・・・壱」

「知ってんのか」

「聞いたことはあるよ」




この街にいれば、少なくとも名前くらいは。




「助けてくれてありがとう」

「・・・別に、気が向いただけ」




気が向いただけの相手を助けて、服を貸して、コーヒー淹れてくれて。

実は壱って、優しい人なんじゃないだろうか。




「アンタ、家は?」

「・・・」




帰りたくない。





ーーーあの子の父親、花坂組の・・・

ーーーヤクザの子供よ、何するか分からないわ

ーーー大体、国の決まりとはいえあんな子を・・・





お父さんのことを侮辱する奴らのところになんて、帰りたくない。




「・・・雪?」

「壱、帰りたくない・・・」




こんなの、我儘でしかない。

会ったばかりなのに、こんなの。




「・・・ごめん、困るよね。
パーカーありがとう。今度返すね」




そう言って壱に背を向けた瞬間、腕を掴まれた。




「・・・ここにいればいい」

「・・・え、」

「俺が引き取る。施設の人に話つければいいんでしょ」




壱の目は、至って真剣。




「・・・でも壱、未成年じゃ・・・?」

「んなのどうにでもなる」




壱、何者・・・?





こうして私と壱の、同居生活は幕を開ける。




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